キ/BR/02
≪6/8≫
7月××(+3)日。
この日も音撮りが終わったのは日付が変わってからで、前日同様、皆、ほとんど倒れ込むようにその場は解散になった。はずだった。
「きゃっ」
PA室のミキサーの前に座っていたみゆきは、突然背後から肩を叩かれ短い悲鳴をあげた。咄嗟にヘッドフォンをはずし振り返ると、そこには浩太が立っていた。
「おい、まだやってんのか」
「……びっ、お、驚かせないでくださいよ…」
みゆきは必要以上に大きく響く自分の心音を静めようと大きく息を吐いた。だいたい浩太たちは寝たはずではなかったか。
「どうしたんですか? 浩太さん」
「それはこっちの台詞だ。もう2時だぜ」
「ええ」
そうですね、とみゆきは付け足す。察しの悪さは知ってはいたが、例えそれを知っていても浩太をイライラさせた。
「…早く寝ろって言ってんだよ」
低く響く声に気圧されながらも、ようやくみゆきは浩太の気遣いに気付いた。
「え? あ、はい。……ありがとうございます。でも、もう少し」
「まだ時間はあるだろ」
「作業遅れてるので」
「別に、待ってるよ、俺達は」
「そんな、迷惑かけます」
「────」
遠慮がちに苦笑するみゆきに、浩太は一段と厳しい視線を返す。が、みゆきは違う方へ目を向けていたので、それには気付かなかった。どうも噛み合わない会話に浩太は溜め息をつき、口を開いた。
「あのさぁ」
「はい?」
「前から思ってたんだけど」
「? …ええ」
「あんた、俺達と同じ、『B.R.』のメンバーの一人だっていう自覚、足りないんじゃないか?」
え? とみゆきの口が動いたが声にはならなかった。
「俺がギターでトチっても、かのんが編集作業遅れても、みんな俺たちの仕事だ。それを一人、無理してる、ってのはおかしいだろ」
「……考えたことも、ありませんでした」
消え入りそうな声、しかし目線はしっかりと、浩太の目を見つめていた。
「だと思ったよ」
「…」
「いいから、今日はもう寝ろよ。あんまり遅いと、今度はミヤが呼びにくるぞ」
「あ、はいっ。……ありがとうございます」
ちょこん、とみゆきは頭を下げた。
(……何、やってんだか。俺)
薄暗い廊下を歩きながら、浩太は自己嫌悪にも似た思いに駆られていた。
先程の自分の発言を思い出すと、何やら自分がみゆきのことを心配しているように見えるではないか。
もし圭や実也子に見られていたら、また勘違いされるようなことになっていただろう。
みゆきが心配? それは違う。
(違う。…ただ、イライラさせられるんだ)
あの性格、あの言動に。
はっきりしない物言い、いつもおどおどした挙動不審さ、そうだそれに。
(イメージが合わないんだ)
考え込みながら、廊下の角を曲がった。
「相変わらず、不器用な奴」
「うわっ」
暗闇の中からの声に、浩太は飛び上がった。
「言いたいことは分かるんだけどねー」
圭に実也子、それに祐輔と知己。そこには寝ていたはずのメンバーが全員揃っていた。
「お前ら…、いつからっ」
「いつからでしたっけ?」
「浩太が部屋出たところから、だな」
「……っ」
憤り、というより先程の会話を聞かれたことの恥ずかしさが浩太から言葉を奪った。ぱくぱく動く口から声が出るより先に実也子が言った。
「中野のさ、言いたいことはわかるの。かのんちゃん、無理してるし、あんまり
自分のこと考えてないしね。始末悪いことに、鈍感なところもあるし…」
「実也子さん…そこまで言わなくても」
「えー、でもミヤの言ってることは正しいよ。かのんが鈍感だからはっきり言わないと伝わんないってことだろ?」
「圭ははっきり言いすぎ」
こつん、と知己は圭の頭を小突く。
「お前らな〜」
「とりあえずもう寝ましょう。明日…もう今日ですが、休日なんですから。寝過ごしたらもったいないですよ」
「ねーねー、私もそっちで寝ていい?」
実也子の発言に男性陣はひいた。呆れた声が返る。
「何考えてんだっ、おまえは」
「実也子さん……」
「だってー、絶対おもしろそうなんだもん」
拗ねる実也子にダメ押したのは知己だった。
「駄目だ」
「うー。つまんなーい」
約一名、不満を洩らしながらも本当の本当の本当に、この夜は解散になった。
≪6/8≫
キ/BR/02