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 ただ、知りたい。篠歩はそう言った。

「…そんなこと言っても、どーせ記事にするつもりなんだろ?」
 あれから四ヶ月。季節は変わっている。
 四ヶ月前と同じ店の中で、八木尋人はコーヒーをすすっていた。同じく、合い向かいには日辻篠歩が座っている。
「当たり前じゃないっ、同じように思ってる人は沢山いるのよっ。知りたいと思うことを伝えるのが新聞屋の仕事よっ」
 あの日と同じく力強く言う篠歩。だが。
「まぁ、それもこれも…。……見つけてから、だよな」
「だね…」
 はぁ、と篠歩も複雑な表情で溜め息をつく。
 四ヵ月。とうに夏は過ぎ、『B.R.』の三枚目のシングルも発表され相変わらずチャートを賑わせていた。『B.R.』の正体を掴むべく四方八方してきた二人だが、その尻尾さえも見つけられないまま……。
 季節はもう冬だった。
「インディーズがメジャー狙いでレコ社へ売り込んだんじゃないかって噂があるけど、あれはシロだな」
 咥え煙草で手帳をめくりながら尋人は言った。
「根拠は?」
「動いてる金だよ」
「お金?」
「そ。金。…2年目以降は前回に稼いだ金があるからわかるけど、1年目のCD製作費、CM代はまとまった金がないと無理だ。それに有線への直接売り込みはその道のプロじゃないと難しい」
 そういうもん? と篠歩は首を傾げる。まあでも、某新聞社社会部に属する篠歩には畑違いな分野だ。一方、学生時代からフリーのライターとして数々の業界を見てきた尋人とでは知識の違いが出るのは当然かもしれない。
「あとこれは重要。篠歩も覚えとけよ。ある程度大きな秘密を抱え、それを守るには金が必要だ。用途は主に口止め。『B.R.』はデビュー当時からその資本があったんだ。…結論、『B.R.』はどこかに所属している。あまり弱小じゃない、かなりの金を持ってるところにな」
「お金…っていう話なら、どこかのスポンサーがついてる、とかは?」
「スポンサーなんてものは、宣伝媒体に出資するもんだ。正体不明、ノータイアップの『B.R.』に宣伝費なんか出すもんか」
「……納得」
「レコ社の振込み口座から探すっていうのは? どうなった?」
 これは以前尋人が発案したもので、篠歩が担当していた。
 『B.R.』のCDの発売元は公になっているので、その発売元との取引相手を探ろうというのだ。
 探偵、興信所、そんな名前がつくところに依頼していた。
 一応断わっておくと、真っ当な興信所は銀行の裏情報なんかに手は出さない。それに個人を調べる場合は身内に限られるものだ。…あくまでも真っ当な興信所は、だが。
「だめ。振込み相手の社名はヒットできたらしいけどその会社がゴーストだったの。それから先は手詰まり。それにねぇ、同じ依頼が6件来たって。皆考えることは同じなのね」
 四ヵ月、何もしてこなかったわけじゃない。手足、頭をフルに動かして走り回っていたのだ。
 不思議なもので情報化社会と言える昨今でも、本当に本当に誰も知らない情報というのはネット上で探すことはできない。もしそんなところに存在するのなら、誰かがとうに暴露しているからだ。
 人と人の繋がり、身近な情報通、プロの情報屋、利用できるものは全て利用した。
 それでも、手がかり一つ出てこない。
「やっぱ無理なのかな。『B.R.』の尻尾を掴むなんて」
「泣き言いうな」
「だってー」
「…でも確かに、何らかの偶然を期待しないとこれ以上先に進めそうにないな」
 『B.R.』を探しているのは自分達だけじゃない。もっと大きな、組織立った何かも動いているはずなのに。
 世間の噂というのは本当にいい加減で、それでいて信憑性のあるものもいくつかはでている。一番有力なのは、話題にもでたインディーズ上がりではないか、ということ。実は大物ミュージシャンがお遊びで仲間内で演っているのではないか、テレビ番組の企画で後に大々的に発表しようとしているのでは、とか。ネタは尽きない。
(………)
 何かを見落としていないだろうか。
 探してもいいんだよね。
 篠歩は心のなかで、確認してしまう。
 出てこないのは知られたくないから。では、隠れているのは何故か。
 偶に、ふと不安になるときがある。
 追ってもいいんだよね?
 好きなものを、興味のあるものを、もっと知りたい。
 多分、それは、望んでもいいと……思う。

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