キ/BR/04
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群馬県B郡。同日、午前六時三分─────。
「たっだいまー」
玄関が開く音と同時に、元気の良い声が家中に響いた。
毎朝、父親の手伝いで畑に出ている片桐家の長女が帰ってきた声である。
古い家の長い廊下の奥から母親の声がした。
「お疲れ様。朝ご飯できてるよ」
「わーい。着替えてくるね」
靴を放り投げて片桐実也子は自室へとかける。どかどかという騒々しい足音が遠ざかるのを聞いて、年頃の娘に母親は何か言いかけたが結局言葉をしまいこんだ。
「実也子、お父さんは?」
「カズおじさんと喋りこんでたよー。お酒の約束でもしてるんじゃない?
あ、母さん。今日、霜降りてたよ。寒いはずだよね」
「あら、本当?
もう十二月だしねぇ」
そんな風に言っても、実は実也子は自宅の冷えた廊下が嫌いでなかったりする。真冬でも裸足でうろつくのはひんやりとした床が気持ちよいからだ。
「姉ちゃん!」
居間から実也子を呼ぶ声がした。狭くない家と言っても、それなりに大声を出せば家中に聞こえる。
「俊哉?
あんた母さんの手伝いちゃんとやってるの?」
姉貴風を吹かしてしまうのは、実也子が姉だから、としか言いようがない。片桐家では朝の仕事の分担が自然と決まっていて、実也子は父親の畑仕事を手伝い、俊哉は母親の家事を手伝うことになっていた。
「それどころじゃないって。ちょっと、こっち来てよ!」
「……?」
呼ばれるままに居間に入ると、俊哉はその場に立ったままテレビを凝視していた。その両手には料理が乗った皿があり、テーブルに運んでいる最中だったのだと分かる。
「…どうしたの?」
「姉ちゃん、『B.R.』のファンだって言ってなかった?」
テレビから視線を逸らさずに、俊哉は言う。
「そーよ。あんたもCD持ってるじゃない」
「ギターが見つかったって…、…テレビ出てるぜ」
テレビは朝のニュースを映し出していた。芸能ネタ?
週刊誌に載っている写真を背景に、キャスターは興奮気味にがなりたてている。
「……え?」
大抵の現実には前向きに対処する彼女でも、このときばかりは自分の目を疑い、夢かもしれない、と一瞬だけ思ってしまった。
「へー。この男、高校生だって。他のメンバーのこの後出てくるかな」
そんな弟の言葉も、耳に入ってこなかった。
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