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 神奈川県C市。同日、午前七時四十一分─────。

「わかりました。すぐそちらへ向かいます。かのんさんは圭に連絡を取って下さい」
 この電話に出たときの山田祐輔はコール一回をも許さなかった。電話がくるだろうと思っていた相手からの電話だった。
 のちに叶みゆきが言うには、四人のなかで一番説明が短くて済んだのは祐輔だという。テレビのニュースから得られる情報を整理し、状況を把握していたのだ。
「お母さん、出かけてきます。今日は帰らないと思います」
 朝食もそこそこに電話をしたり、テレビに見入ったり、息子のらしくない行儀の悪さの後の結論的発言だ。母親の反応は淡白だった。
「教室のほうは?」
「臨時休業にでもしておいてください」
「無責任ねぇ」
「返す言葉もありません」
 出かける準備をしながらの返す言葉は至って義務的である。急いでいるのだろうが慌てた素振りを見せないのは憎たらしくもある。母親は義務的に返される言葉を、無視されたのだと歪曲解釈した。少しの報復を試みる。その効果を期待できるだけの駒は持っていた。
「今日、沙耶ちゃんが来るって言ってなかった?」
「……」
 ピタっ、と祐輔の動きが止まった。背中を見せているが、これだけでも明らかな反応を示したことになる。
「忘れてた?」
 ふふん、と勝ち誇った笑み。
 しかし振り返った祐輔は冷静そのもの。誰に似たのかしら、と、母親は自分の伴侶を恨んだ。
「適当に言っておいてください。沙耶には後で僕のほうから連絡を入れます」
「フラれるわよ、そのうち」
 母親の言葉に、祐輔は表情を崩し、苦笑した。
「それは困りますね」
 彼にしては、自信のなさそうなことを言う。
「彼女より大事なこと?」
 玄関を出る息子にしつこく声をかける。すでにノブを回したところだったので、返事はないかもしれないと思ったが、祐輔はわざわざ振り返って答えた。
 思わせぶりな捨て台詞ではある。
「同じくらいには、大切ですよ」

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