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 愛知県D市。午前八時四五分─────。

 バンッ
「親父っ!」
「おわっ」
 突然の来客に驚き、小林レコード店の店員・佐川省吾は入荷したばかりのCDを床にぶちまけてしまった。時間は九時前、もちろん店は準備中である。
「なんだ、圭くんかぁ。驚かせないでくれよ」
「悪ィ、省吾。急いでるんだ、親父どこっ?」
「店長なら奥に…」
「さんきゅ!」
 最後まで聞かずに小林圭は店の奥へと走っていった。



 名古屋市内の片隅に、その小さなレコード屋はある。 
「親父っ、金貸せっ」
 ゴツッ
 ぎゃっ、と悲鳴をあげ、圭はその場に伏した。間髪入れずに殴られたからだ。
「……っ」
 頭をさすりながら上体を上げると、そこには穏やかな笑顔の年配男性がエプロン姿で立っている。両手には棚卸しのレコードが抱えられていた。
「それが人にものを頼む態度か、圭」
 笑顔で言う。小林修、四八歳。圭の父親である。
「急いでんだよっ」
「…おまえ、朝、俺より先に家を出たよな。遅刻ギリギリで、朝メシも食わずに」
「朝、ニュースを見る暇があったら、その場で同じこと言ったよ」
「この間、携帯電話買い換えると言うんで、まとまった金やったろう」
「……」
 それが問題だった。
 圭は朝、学校に着いてからクラスの女子が今朝のトップニュースを話題にしているのを耳にした。担任教師と入れ違いに教室を飛び出してきたのだ。
 多分、東京の叶みゆきは圭の携帯電話に連絡しただろう。しかしつい半月前、圭は携帯電話を買い換え、そのナンバーは変更されていた。みゆきの慌てふためく姿が目に見えるようだ。
「で? 何に急いでるんだ?」
「東京…の、じーちゃんの所、行ってくる」
 思わず目を逸らしてしまった。嘘ではないかもしれないが、この辺り、圭も悪党にはなれない。
「何しに?」
「急用なんだよっ」
「理由になってない」
「金は後で返すってっ!」
「論点がずれてる」
「親父ぃ〜」
「泣き落としもだめ」
「お金ください」
「開き直りもだめ」
「…っ」
 素気無い父親の対応に苛立ちが爆発した。
「仲間が困ってんの放っておけるかっ!」
 店中に響く大声だった。
 佐川省吾にもきっと聞えただろう。
 圭は父親を睨み付けていた。すると父親はポケットから財布を取り出し、半ば投げ出すように圭に現金を手渡した。
「ほれ、とりあえず五万。無駄遣いするなよ」
「さんきゅーっ、向こう着いたら連絡するからっ」
 手の平返したような息子の態度に呆れつつも、修は手を振って見送った。
 静かになった室内を奥に進み、修はテレビをつけた。いくつかチャンネルを回して、ニュース番組のところでリモコンを置いた。
「……。ふーん、仲間ねぇ」
 窓の向こう側を、圭が走っていくところだった。

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