キ/BR/04
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コンコン。
1002室のドアを叩いた。
「どちらさまですか」
内側から叶みゆきの緊張が伝わる声がした。
(あいつも来てるんだな。……当然だけど)
「俺。中野」
答えてからしばらくしてドアが開かれた。
「浩太さん…」
「よお」
心配そうな顔をするみゆきにいつも通りの言葉をかけた。いつも通りと言っても彼女と会うのも五ヵ月ぶりだ。
マスコミが中野浩太について騒ぎ始めてから、初めて安納たちと顔を合わせることになる。マスコミはまだ、『B.R.』のバックにnoa音楽企画が絡んでいることを知らないので、こうしてひっそりとホテルの会議室で落ち合うことになったのだ。
「中野っ!」
(えっ?)
予想外の人物の声に浩太は眼を見開いた。走り寄る人物はそのまま浩太の腕にしがみつく。その勢いで浩太は背後の壁に押し付けられた。
「な……っ、ミヤ?
どうしてここにっ」
予想に反して、安納鼎はそこには居なかった。体当たりしてきたのは片桐美也子だ。しかも室内には山田祐輔と長壁知己まで居た。いつも一年ぶりに夏に会うときと同じ、その姿に少しの違和感を覚えるのは五ヶ月という時の流れのせいだろう。
でも、性格はそう簡単には変わらない。
「馬鹿言わないでっ!
朝っぱらから、あんなニュース見てじっとしてられるわけないでしょおっ!」
「実也子…、落ち着けって」
「ここに来てからずっとこんな調子なんですよ」
知己は実也子をなだめ、祐輔は浩太に苦笑を見せた。実也子はそんな祐輔に抗議する。
「だってっ!
あのリポーターの人、中野にあんなこと言うなんて許せないよっ。あっちは騙されて楽しんでるくせにさっ」
「実也子さんにしては俗世間的な意見ですね」
「ちょっと祐輔っ、それ失礼だよ」
「だから落ち着けっつーの」
世間を騙してきたことについてはどう思いますか?
些細な、一言ではある。
しかし浩太を悩ませるのには十分な一言だった。
「────」
浩太は咄嗟に、実也子に尋ねようとした疑問を飲み込んだ。口に出さなかった。
子供っぽい質問だと思ったから。
「大変だったな、浩太」
「ここに来るまで大丈夫でした?」
「…あ、ああ」
知己と祐輔の労りの言葉にぎこちない返事を返す。いつも通りの各個性の対応に少しだけ驚いたのだ。
みゆきがコーヒーをいれてくれて、浩太は一息つくことができた。
「…圭は?」
「こちらに向かってる途中です」
祐輔が答える。
「かのん、社長は?」
「えっ、あ…朝はこちらに居ましたけど…、仕事があるとかで外出しています。…そろそろ戻って来ると思います」
「そっか…」
浩太は目を伏せて少しだけ沈黙したが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ごめん。迷惑かけて」
とりあえず、言いたかったこと。
「おまえのせいじゃないだろ」
知己は言う。他の二人も同じ思いのようだ。
しかし浩太はすぐ反論した。
「俺のせいだよ。簡単に否定するな。…今回のことは、謝らせてくれ」
ゆっくりと、頭を下げた。
実也子は何か言おうとしたが祐輔に遮られた。
(…多分、このままでは騒ぎは収まらない)
それは浩太の見解でもある。自分だけでなく皆、そしてその周囲の人にも、迷惑がかかるのは免れないことだ。それが全て自分のせいであることもわかっている。
「じゃ、言い方を変えましょうか」
笑みを含んだ声で祐輔が人差し指を出して提案した。
「浩太、"気にしないでください"」
「え?」
「僕達の誰でも、同じことを巻き起こす可能性はあったわけですから」
「そ、だな」
「そーよっ!
それより今後のことを考えなきゃ」
知己と実也子も賛同して、場の雰囲気が盛り上がる。
さらに。
「わるーい、遅れたー」
いつのまにノックがあったのか、みゆきが開けたドアから六人目の人物が表れた。
小林圭は部屋を見回しながらコートを脱ぐ。
「あれっ。俺がラスト?
悪ィ。あ、かのん、連絡してくれたんだろ? ごめんな、繋がらなくて」
「圭さん、お家のほうには何て?
今日は学校もあったんじゃないんですか?」
企画側の人間としては黙っていられないのだろう、みゆきが心配そうに尋ねた。
「学校はともかく、家には言ってきたから大丈夫。まぁ、事情説明はしてないけどさ。よぉ、久しぶり」
浩太たちに向かって手を振る。
「わーい、圭ちゃん、五ヶ月ぶりだねーっ」
「お久しぶりです」
「よぉ」
実也子、祐輔、知己ともう一人、浩太は圭に近寄り真面目な顔で、
「圭、悪かったな。今回は」
と言った。
ふと、圭は笑ったようだった。
「別にいいよ。こうなってみると、今までバレなかったのも不思議な感じもするしさ。あ、それより浩太。テレビ映りいいじゃん。実物より」
「おーまーえーはーっ」
珍しく人が殊勝な態度をとっているというのに。しかも「実物より」にアクセントを付けるものだから、その言葉は喧嘩を売っているとしか思えない。圭は浩太の手が出るのを予測して逃げた。
「待てっ!
こらっ」
結局、いつもの調子の二人に皆笑い出した。知己、祐輔、実也子の三人はふと目が合って、もう一度笑った。
みゆきも、そんな五人を見て微笑んでいた。
「…あ」
突然、トーンの落ちた声を出したのは実也子だった。
「?」
「……どうしよう、すごくショックだよー」
頭を抱えてその場に座り込む。深刻というわけではないようだが、受けているショックは演技だけではないようだ。
「ミヤ?」
「…だって、圭ちゃん」
え?
俺?
と圭は自分を指差す。
「圭ちゃん、私より背が高くなってる…」
沈黙。
実也子以外のメンバーは目を合わせた。
そして次に圭の頭部に目をやる。確かに、夏場に会ったときより背が高くなっているようだ。実也子より大きいようにも見える。
「ミヤ、あのなぁ…」
「圭って十五だっけ?
そりゃ、大きくもなるだろ」
「成長期ですからね」
「それってショックなことなのか?」
座り込んでいる実也子は男どもの言葉を頭に受け、微かに笑ったようだった。
「皆には複雑な乙女心はわかんないよー、だ」
ぷん、とそっぽを向く素振りをする。
乙女心ねぇ、と誰かが苦笑した。
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