キ/BR/05
≪3/13≫
「中野くんは何も言ってなかったのか?」
尋人が四人に尋ねた。その質問に対し四人は顔を合わせコソコソ小声で囁き合うと、代表として山田祐輔が答えた。
「お二人のこと、そんなに悪い人じゃないから、とは言ってましたけど」
昨日、五人が集った夜。小林圭、片桐実也子、山田祐輔、長壁知己の四人は中野浩太を吊し上げたのだ。浩太の正体がバレたことの経緯、そして、それをごまかし切れなかった相手。…まぁ、浩太を突つくのなんて簡単だけど、と四人は思うがこれは口にしない。
四人が浩太に吐かせたのは、浩太が正体がバレるようなポカをやらかしたこと、そして浩太の正体を暴きに来た二人の名前。
自分がやらかしたことについては後ろめたくて言いにくいのか口を濁していた。そして八木尋人と日辻篠歩の名前を聞いて「とっちめてやる」的発言をした四人に、浩太はすかさず八木たちのフォローを入れた。フォローと言ってもその時の四人の迫力に圧され、かなり弱気なものだったが。
「あんまり悪い奴じゃないよ、その二人は…」
「なに言ってんだよ、今回の元凶だろ?」
「そうよっ、中野はお人好し過ぎる!」
圭、実也子に目の前に立たれ、浩太は反論さえもできなかった。一言だけ、「会えばわかるよ」と言った。
「それだけ?」
篠歩は眉をしかめる。
「ええ。それだけです」
はっきりと、祐輔は頷いた。
「中野くんもけっこう薄情だなー。もうちょっと助け船があって然るべきだと思うが」
「あんたに言われたくないけどね」
のんきに嘆息する尋人を篠歩が睨む。続いて、
「聞けば、『B.R.』がすっぱ抜かれたことを逸早く浩太に知らせたのは八木さんだそうですけど、その辺りの行動の矛盾が分からないんですが」
と、知己が訊いた。
昨日の朝早く、浩太の自宅に週刊誌のスクープを知らせる電話が入った。それは八木尋人からのものであり、騒動に巻き込まれないよう身を隠すよう助言したものだったという。
自らがスクープした内容について、そんなことを言うのはおかしくないだろうか。
これは尋人に対する質問だったが、答えたのは篠歩のほうだった。
「だからっ、私たちが、バラしたわけじゃないのよっ」
待ってましたとばかりに言い切った。
「……え?」
「嘘じゃないわ。誓って本当。…信じてよ。確かに、今年の七月から『B.R.』のこと知りたくて調査をはじめたわ。でもそれは仕事とは関係なく、純粋に個人的な興味として調べはじめたの。私一人じゃ無理だって踏んだから、古い友人の尋人にも手伝わせた。でも『B.R.』は百戦錬磨のマスコミにも捕まえられない存在……私個人なんかじゃとても敵わない相手だったのよ。四ヶ月間駆けずり回ったけど、結局何も分からなかったしね」
「…じゃあ」
「十一月頃だっけ。旧友に誘われて、二人でライブハウスに行ったの」
気晴らしに二人が顔を出した店では、アマチュアのバンドが競うように自分たちの音楽を表現していた。その実力の上下はあるものの、その場所からメジャーを目指していく熱気はどのバンドも同じだ。ほとんどは十代半ばから二十代の若者で、具体的な目標を持った人達の集まりだった。
奇しくも。
そのうちの一つのバンドのギターの助っ人として、中野浩太が参加していたのだ。
「俺はすぐに分かったよ。『B.R.』のギターと同じ癖だって」
「癖?」
実也子が首をひねる。
「…あ」
心当りがあるのか、無意識の声を吐いたのは知己だった。
中野浩太のギターの癖は、知己も知っている。当人はそれを「個性」と言っているけれど。
しかし余程の耳の良さでないと分からないだろうに、尋人はそれを聴き取っていた。
「ま、そのことで確信とまではいかないけど、ある程度の予測は立ったわけだ」
両手を広げて尋人は肩をすくめた。すると、ここで初めて圭が口を挟んだ。
「浩太のやつ、まさかそれを指摘されただけでゲロったわけ?
何の証拠もないじゃん」
「いや、続きがある。俺、そのライブハウスの店長と知り合いなんだ。あのバンドの演奏中にウラに入れてもらって、ちょっと楽屋を荒らさせてもらった」
「えッ、尋人、それ初めて聞いた」
「初めて言った」
「あんた、そんな泥棒みたいなマネしてたの?」
「物証が欲しかったんだよ。案の定、中野くんのギターケースの開けたら、『B.R.』の楽譜が入ってた。しかも書き込み入り」
ギタリストに限らず、楽器ケースに楽譜をしまいこむ癖を持つ演奏家は結構多い。しかも奥にしまいこみ、そのまま忘れてしまう人もかなりいるのではないだろうか。
尋人の楽屋忍び込みについての告白のあと、奇妙な沈黙が流れた。
「浩太が馬鹿なだけじゃん…、それじゃあ」
呆れた、としか形容のできない言葉があった。
「圭…。それ、ミもフタもないですよ」
「だってそうだろ?
『B.R.』の楽譜なんてすぐ処分して当然じゃん」
「……実は私もケースに入れっぱなし。中野のことは強く言えないなぁ」
「ちょっと黙ってろ、話が途中だ」
四人のそれぞれの個性ある反応を見て、尋人と篠歩は笑ったようだった。とりあえず、知己の言う通り話を続けることにする。
「それから一週間。俺は中野浩太の周辺を調べて、裏を取ったわけだ」
「私たち、中野くんに会いに行ったの。…尋人が正体みたりってずばっと言ったんだけど」
「中野くん、思いっきり顔に出るし、な」
「ね」
苦笑する二人。
「浩太らしい…」
まるで目に見えるように、四人は声を揃えた。
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