キ/BR/05
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そこで篠歩は声を改める。
「でね。ここからが重要。『B.R.』の正体を突き止めるっていう、当初の目的は果たされて、勿論、あなた達が疑っているように私が『B.R.』を記事にすることは簡単だったの。一時はそうしようとも思ってた。でも、中野くんに会ったら何か気がすんだし、それに本人が正体がバレるのをすごく嫌がってたから。…私たちは今まで調べた資料を全て捨てたわ。本当。それで終わりだったの。なのに───。昨日、『B.R.』が記事になると聞いて、一番驚いているのは私たちなのよ」
「…どういうことですか?」
「推測でしかないけど、どこかで私たちが『B.R.』について調べているのを知って、耳を欹てていた奴がいたんだと思う。…迂闊だったな」
「その誰かを調べるのは難しいし、今更無意味だ。…こんな事態になってはな」
尋人は腕を組んで、溜め息をつくとともに背もたれに体重をかけた。それについて実也子が、
「無意味でも、私は知りたいわ。文句の一つくらい、言ってもいいでしょう?」
と返した。
尋人と篠歩は視線を合わせた。気まずそうな表情を送り、篠歩が覇気のない声で答えた。
「……それは、無理よ」
「どうしてっ?」
空かさず実也子。
一瞬の間があって、
「"ニュースソースは明かさない"。…この業界の絶対の掟だ」
尋人が、低い声で言った。
記事を出す出版社が必ずしもスクープを取ってくるわけではない。フリーのカメラマンなり、一般の情報提供者がそこには存在し、それぞれがモノにしたネタを出版社に売っている。彼らは決して表に名前が出ることはなく、出版社からの金銭と信用だけを糧にしているのだ。それは決して名声などに無欲なわけでなく、スクープされた被害者側に恨まれることを避けるためだ。
そんな難しいことを言わずとも、簡単に言えば「おいしい話は他人には見せない」。そういうこと。
「責任の一端は私たちにもあるわ。それについては謝る。本当に、ごめんなさい。でも、私たちは部外者という立場でしかいられない。今後は見守ることしかできないわ」
悲痛な表情で篠歩は頭を下げた。その肩を、尋人はトントンと指で叩く。
「篠歩。ここ、おまえの奢りな」
「えっ、何でっ?」
いつも通りワリカンでしょっ?
と、器用にも小声で叫ぶ。尋人は篠歩の肩を叩いた指をそのまま目の前の圭に向け、自信たっぷりに言った。
「『B.R.』のボーカル、男だよ。賭けは俺の勝ち。差額は後で請求するからな」
尋人と篠歩のやりとりを聞いて、今度は四人が目を合わせて笑った。
* * *
同日の昼間、ホテルで姿を潜めているはずの中野浩太は、サングラスに帽子という格好で外出していた。ベタでお約束な変装ではあるが、結構効果があるようだ。街中の街頭VTRや電車の車内吊り広告は『B.R.』、そして中野浩太のことで持ち切りだというのに、本人はこうして普通に外出できている。もしかしたら浩太の好きなミュージシャンなども、気付かないだけで、こうして街中を歩いているものかもな、などと思ってしまう。ホテルを出るときの叶みゆきの心配ぶりは尋常でない程だったが、現実はこんなもんだ。
浩太の携帯電話は昨日から鳴りっぱなしだった。それは主にニュースを見た外のバンド仲間や学校の友達で、中にはほとんど連絡を取らなくなっていた中学時代の知り合いもいた。珍しい電話の内容は何となく予想がつくもので、そして予想通りのもので、予想外の電話の回数にうんざりした浩太はほとんどの電話を無視し続けていた。今朝になってから浩太が接続を許した電話は、家族からのものと、一本の「例外」だけだった。
「大場か。つまんねー内容なら切るぞ」
浩太のクラスメイト。特に仲が良いというわけではないが、不思議と一緒にいることが多い人物だ。そういえば、昨日の電話の嵐のなか、彼からの電話はなかったな、と思い返す。
他の電話にイライラしていた浩太は八つ当たりも手伝ってあからさまな牽制をした。しかし。
『オレにとっては重要だ。浩太、てめー、五百円返せっ』
開口一番、受話器の向こうから大場は金銭問題を持ち出した。予測していたどの内容とも違うものだった。
「は?」
『夏に、今年も『B.R.』が現れるか否かで賭けしただろ?
おまえ、そのとき俺から五百円巻き上げたじゃん。おまえ自身が『B.R.』ならそりゃ反則だよ、このやろー』
大場は本気で怒っているようだった。
「…っ」
浩太は電話口で大笑いした。頭を抱えて座り込んでしまった。何故だか、笑いが込み上げてきた。
『こんな切実だってのに、何笑ってんだよ。それより五百円っ、マジ、返せよな』
次に会えるときでいいから。そう、大場は付け足した。
そんな気遣いが、とても有りがたかった。
「サンキュ。倍にして返してやるよ」
『余計な借りを作らせんな。まぁ、消費税くらいプラスしてくれても、誰も文句は言わんが』
「オーケー。五二五円きっちり返してやるから待ってろ」
『なるべく早くな』
そんな電話で気をよくした浩太は、ホテルでじっとしていられなくなって外に出たというわけだ。
ただ目的もなく外出したわけではなく、浩太にはちゃんと行き先があった。
中野浩太には、つい半月ほど前に知り合った友人がいた。彼のところへ顔を出してみよう、と思っていた。
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