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 夜の九時を回っていた。
 浩太と安納社長の記者会見が始まるまであと十三時間。
 安納は世間を落ち着かせるために会見を行うと言っているが、今のこの騒動がさらに大事になるだけのような気がする。でもまあ、中野浩太という役者を明示することで話題は浩太に集中し、余計なところを勘ぐられることはなくなるだろう。二週間後にはその他のメンバーも顔見せするというのだから、脚本が良く出来ている。
「所詮は、…誰かのせいにして楽になろうっていうのは、ムシの良すぎる甘い考えだってことだな」
 八木、日辻と別れた四人はホテルの近くのラーメン屋にいた。
 今回の騒動の元をとっちめる、と亥きりだって出かけたはずだったが、事情を知った今となっては覇気も収まった。
 知己の意見に祐輔も同意する。
「蓋を開けてみれば、誰も悪くなかった、というのもよくあることですしね」
「世の中厳しいなー」
「ま、そんなもんだろ」
 ラーメンをすすりながら、四人はそれぞれ溜め息をついた。どう足掻いても明日には浩太がマスコミの前に出る。そして二週間後にはこの四人も。(安納は代理人を使っても良いと言っていたが、多分それは無いだろう)
「で? どうする?」
「……」
 知己の問い掛けに、全員が沈黙した。
「ミヤは? 嫌がってたじゃん」
 圭が言った。
「え?」
 実也子は話題を振られ、一瞬きょとんとした。しかしすぐに、当初、正体がバレるのを嫌がっていたのは自分だと気付く───その理由も思い出し、視線を落とした。
「ああ…、うん。そっか」
 かたく目をつむる。
 そして開く。
「…私ね、昔、弦バスの演奏家に弟子入りしてたの」
 他三人は実也子の告白に驚いた。全員が初耳だった。
 確かに、あまりメジャーと言えない楽器のコントラバスを実也子が巧みに操るのは、専門的に教わったことがあるからかもしれない、という程度には思っていたが。
 そして、自分のことは何でもあっけらかんと話す実也子から、そのことを聞かされたことは今まで一度もなかった。
 うつむいたまま、実也子は続ける。
「思いっきりクラシック肌のところ。『B.R.』を始める前にやめちゃったから先生とはもう関係ないんだけど、今回のことで私の名前が出て、ちょっと調べられたら先生の名前も出ちゃうでしょ。それは、嫌なんだ…。先生にも迷惑かけちゃうし、それに…」
「それに?」
「ううん、なんでもないよ。…先生に迷惑かけるのは、すごく、嫌だったから正体がばれるのも嫌だった。それだけ」
 でも、と痛々しい笑顔で言う。
「しょうがない、のかな」
 沈黙が生まれた。
 しょうがない。その言葉はほぼ全ての事象を収めてしまうちからがある。
「あ、長さんは? 長さんも、嫌がってたよね」
 沈黙を取り払うために実也子が切り出した。
 ちょうど麺をすすっていた知己は、それを喉の奥に押しこんでから、
「言ったことなかったと思うけど」
 と前置きする。
「俺は昔、…十年くらい前だけど、東京でバンドやっててさ」
「え? 何それ、知らない」
「プロだったのっ?」
 圭と実也子が身を乗り出す。
「まぁ、一応その金で生活してたからプロとは言うんだろうな。ジャンルがマイナーだったから知らないだろうけど。俺が、自分の名前が出るのを嫌がったのは、その時の仲間に知られるのは避けたかったからだ。俺が勝手にやめたんで怒ってたし………つーか、あんまり昔の事掘り返したくないんだよ」
 最年長の知己。三年も付き合ってきたが、初めて弱音らしい弱音を聞いた気がする。
「…確か祐輔も?」
 圭が三人目に話題を振った。
「僕は二人のように深刻じゃないですよ。ただ大学のときに「演奏家にはならない」と宣言して卒業した手前、気恥ずかしいだけです」
 比較的冷静に(もしくは冷静を装っているのか)祐輔は答えた。さらなるつっこみを入れようとした圭の言葉を遮って、祐輔は三人に言い放った。
「多分問題は、今の生活を切り捨てられるかってことです」
 圭、実也子、知己は食べるのをやめて、その言葉を聞いた。
「…どういうこと?」
「安納社長が何を考えているかはわかりませんが、記者会見の後、僕らがどうするのか選択は二つしかありません」
「メジャーでプロとしてやっていくのか。もしくは、きっぱりと解散するか、だな」
「その通り。もっと簡単に言うと、続けるか続けないか、それだけです。先程出たように、僕らは顔を出してまでバンドを続けたいとは思えない理由があります」
「でもっ、それを踏まえても『B.R.』を続けたいっていう気持ちもあるよっ」
「…だから難しいんだよ」
「そう。もし、このまま『B.R.』を続ける場合、今までのように年一回というわけにはいかないでしょうね。正体が明かされた後では、以前のような売り方は無意味ですから。もしかしたら、全員、東京に出てくるハメになるかもしれません」
「それって…つまり、プロになるってこと?」
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