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 ───例えば。
 長壁知己は新潟の実家で稼業手伝い、山田祐輔は横浜でピアノ教室を営んでいる。片桐実也子は群馬で大学生、小林圭は名古屋で中学生だ。中野浩太も、都内の高校生である。
 彼らは一年のうち、夏の一週間のみ、一年の五二分の一だけ、『B.R.』として活動している。他、五二分の五一は、皆、それぞれの生活があって、それぞれ忙しかったり、楽しんだりしている。
 プロになるというのは、それらの生活を切り捨てるということだ。
(つまり、プロになるってこと?)
 実也子は自分の言葉の意味に驚いた。
「私…、そんなつもりはなかった。そういう風に、考えたこともなかった、な」
「…………」
 現実に引き戻される。
 先が見えない未来、足場のない明日。
 本当に好きなことをやろうとしているのに、こんなにも不安になるなんて。
「……圭は?」
「そういえば、圭の言い分を聞いてませんでしたね」
 知己、祐輔が言う。珍しく意見せずに聞き手に回っていた圭は、やっぱりきたか、と苦笑した。どんなふうに答えるべきか、圭は十秒ほど考えた。
「…俺は」
 と、口を開く。
「皆と違って、あんまり悩む必要は無いんだよな。あと三ヶ月もすれば中学卒業だし、人生設計では高校で遊びながらデビューするっ、て算段だったんだけど。まあそれが早まったと思えばいいよ」
 もしこの台詞を圭以外の中学生が吐いたなら冗談に聞えたかもしれない。けど、そう言ったのは他でもない小林圭だった。
 憧れるだけの夢とは違う、具体的な目標、それを実現させる為の手段、努力。
 圭はそれらをしっかりと考えているのが分かる。
「さすが、しっかりしてますねぇ」
 祐輔のその反応は単なる感心ではなく、尊敬が含まれる納得だった。
「しっかりしすぎるのも問題あると思うが…」
「あはは。メンバーの中で一番しっかりしてるよね」
 年長三人組にとって、圭のその姿勢は羨ましく映る。そのひたむきさ、奔放さや情熱、そういった類のもの。
 同じものを同じように好きなのに、いつのまにか臆病になっていることに気付く。
 それは多分、三人が、それぞれ目指したものを諦めたときから生まれた。
 何かを始めるのは意外と簡単で、必要なのは勢いだけですむ。でも。
 続けてきたことを辞めるときの覚悟はそれは大変なものだ。自分のちから不足、それを認める辛さ、費やしてきた時間を無駄にするということ。
 一度諦めた道を、もう一度目指そうとするのは想像以上に大変だ。
 圭にそういった不安や臆病さというものが無いのは、そういう経験が無いからだとも言えるが、若いうちはその勢いが必要である。
「でも」
 圭はそこで間を置いた。
「ここで皆が辞めるって言うなら、俺は予定通り高校に行くぜ?」
 まっすぐに三人を見据えて、圭はそう言った。
 三人は極端な反応を見せて驚いた。
「…圭」
「圭ちゃんっ?」
 今、確かなチャンスがあるのにそれを逃がすと圭は言っているのだ。
 例え『B.R.』が解散したとしても、圭にその気があるならこの業界に残るのも難しくはないだろうに。
「これが卑怯な意見だってのはよく分かってる。俺の今後を皆の選択に委ねてるわけだからな。でも、今は『B.R.』でしか、歌いたくない。……それが、俺の意見」
 相変わらずの迷いのない瞳で、今誰より落ち着いている圭は三人に言った。
 そんな風に言われたら、納得するしかない。
 四人は顔を見合わせて黙契した。
「とりあえず、一度それぞれの家へ帰りますか。いろいろと事情があるでしょうけど、打ち明けなければならない内容は同じです」
「…だな」

 それぞれが帰郷する朝、安納は駄目押しのように五人に問い掛けた。
 ───── 君達はこれからプロとしてやっていく気があるのか?
 それは人生の選択でもある。


*  *  *

 十二月十日。
 五十人からの報道陣が集まる中、安納鼎と中野浩太による記者会見が行われた。

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