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10/21

「結論を出すのは、本当に最後でいいと思う」
 知己が切り出した。場所は東京駅を出てすぐの皇居外苑広場。すぐ近くには桜田門、そして永田町の政府関連ビル。冬の厳しい風が吹くなか、吹きさらしの公園に人影は少なかった。そこで四人は話し合いをしていた。
「今回は事が事だけに、皆の意見が一致するとは限らない。お互い、最後までよく考えて、それこそ記者会見の当日に結論を出すくらいに考えていたほうがいい」
「やめるか、続けるか。選択肢は二つですがその切り分けは微妙です」
 メンバーは五人いる。
 一人だけ、やめたいと言った場合。
 一人だけ、続けたいと言った場合。
 それはすでに『B.R.』を続ける続けないの決断ではなく、個人として一人一人が芸能界で音楽活動をするかしないかという意味になってくる。
 一人だけやめた場合、安納は別の場所から人員を連れて来て補強するだろうし、一人だけ続ける場合、それはすでに『B.R.』ではない。事は単純ではなかった。
「皆と離れてこの三日間考えてたこと、聞いてほしいな」
「いいですよ」
 冷たい風に身を震わせ、実也子はマフラーを巻き直した。
「私…ね。この間言った通り、三年前まで弦バスの先生のところに通ってたでしょ? それを理由も無くやめた。でね、両親は志し半ばで諦めた私を叱ったりしなかったけど、…さらに私、一年留年して大学に入ったのね。…私、すごくワガママで親不孝だと思うわ。この歳になっても、ふらふらしてて、独り立ちできない。………さらにここで、また、進路変更っていうのは、ちょっと言い出せないかなー……なんて。今は、思ってる」
 うまくまとまらない言葉で、実也子は三人にどうにか伝えようとする。その視線に促され、今度は知己が意見を口にした。
「俺んちは親父が単身赴任中で、もし俺が東京に出てきたら母親を一人にさせちまうし…まあ、そんな気遣いを喜ぶ人でもないから言えないけど、やっぱり……そうだな、一人にはさせられないな」
 知己も自分のなかでまだうまくまとまっていないようだ。彼にしてはすべりの悪い台詞だった。
「ご存知の通り、僕は音楽教室を営んでいるから生徒を放っておけないっていうのが、第一にありますね」
 と、祐輔。何となく当たり障りのない言い訳にも聞える。もしかしたら別に理由があるのかもしれない。
「圭は? 何か言いたそうですけど」
「…圭ちゃん?」
 無言を通している圭は、コートのポケットに両手を突っ込んで、眉間に皺を寄せていた。
「……俺、実は怖いと思ってることがあるんだ」
 と、切り出す。圭のこんな物言いは珍しい。
「圭?」
「…この間の夏、真剣に悩んでたことなんだけど」
 三度目の夏のこと。あの時はまだ、こんな事態になるなんて夢にも思わなかった。
「多分、俺は、来年は今と同じように歌えないと思う」
「?」
 実也子たちは目を合わせ、心配そうに圭を見つめた。
「変声期だよ。来年は十六になるし、『B.R.』の、この声で歌えるのは今年が最後だなって、夏に思った。そうしたらすごく、怖かったんだ」
 『B.R.』は正体不明。そのボーカルの声は男性とも女性とも思えるような微妙な声質だ。
 それは『B.R.』のボーカルである小林圭が変声期前の男子であるからだ。
 バンドにとってボーカルの声が変わるってのは致命的である。他のどの楽器のメンバーが替わっても、歌い手が替わってしまっては、それはもうそのバンドではない。
 全員が、沈黙した。
「……実家に帰ってたとき考えてたんだけど」
 知己が言う。
「なに?」
「俺たち、自覚が欠けてるんじゃないかって」
「どういうこと?」
「『B.R.』のCD売り上げ数って考えたことあるか? それを金に換算したことは? CD売り上げは数百万単位で、金にすると軽く憶に届く。俺達は単に楽しんでやってる。けど、『B.R.』の曲は二人に一人が聴いてるほど、世間に浸透している。それを恐いと感じた。名を隠しているからこそ、他人ごとのように楽しめたんじゃないか? 責任から逃れてるんじゃないかとか。──この先続けていくってことは、その責任を負うことなんだって、思った」
 さらに沈黙。
 基本的に『B.R.』のメンバー五人は、『B.R.』としての報酬を受け取っていない。当初、安納はそれに見合った賃金を用意していたが、五人が丁重に断わったせいだ。
 理由は、「自分たちはプロではないから」。
 プロであれば、報酬を受け、それに見合った仕事をする。その仕事に責任を持つ。
 もちろん、知己たちだって仕事に手を抜いているわけではない。───しかし、仕事に責任を持っているかは謎だ。
 プロではない、ということに甘えているのではないか?
 もし同じメンバーで同じように音楽活動を続けるのだとしても、プロと名乗る以上、今までとは違うものなのだ。
 四人とも、何となくではあるが感じ始めている。
 『B.R.』は、残ることはないだろう、と。

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