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「皆さん、1002室を予約してありますので集まって下さい」
 叶みゆきの声で各部屋に電話があったのは、四人がホテルについてすぐのことだった。
 浩太の部屋も例外では勿論なく、希玖の病室での一件のせいか、みゆきはかなり気まずい雰囲気で用件を伝えた。
「…わかった。すぐ行くよ」
 浩太の声も、内なる憤りが表れていた。
 廊下に出ると、ちょうど他の四人もそれぞれ部屋を出たところだった。
「あれー、浩太久しぶり」
「よう」
 久しぶり、と言っても別れたのは三日前の話だ。しかし浩太はこの三日の間に記者会見があり、それに希玖やみゆきについて考えることが多かったので、このメンバーと顔を合わせるのは本当に久しぶりのような気がする。
「今回は僕らを集めて何を話す気なんでしょうね」
 祐輔が意地悪く言った。
「確かにな」
 知己も同調する。
 二週間後に予定している記者会見の事前打ち合わせ…とも考えられるが、時期的に早すぎだろう。もしくは安納鼎が『B.R.』の存続か否かの返事を待っている? それも考えられる。
 五人は揃って同じエレベーターに乗り、知己が十階のボタンを押した。
「かのんが早く帰って来いって言ったから、俺ら三日で帰ってきたけど、記者会見までかなり暇なんじゃない?」
「圭は学校はどうなってるんです?」
「自主休み。期末は終わってるし、大した授業もないから。…って、親を納得させてきた」
「中野? 何か機嫌悪くない?」
「うっせー。何でもねーよ」
「何よその態度はーっ」
 そうこう言ってるうちにエレベーターは十階に到着。五人は指定された部屋へ踏み出した。

 ガチャリ
「あれ…」
 一瞬、浩太は部屋を間違えたのかと思った。何故なら室内には既に数名が椅子に座っており、ドアが開かれる音に反応してその全員が振り返ったからだ。浩太は(しまった…)とそのままドアを閉めようとした。
「何してる。早く入れ」
 安納鼎の声だった。
「え」
 落ち着いて部屋の中を見渡すと、その幾人かの中に安納と叶みゆきがいるのが分かった。
「中野? どしたの?」
 ドアの後ろでつっかえている仲間から不審の声があがる。
「あ。ああ…」
 とにかくよく分からないが部屋は間違えていないわけだ。浩太は室内に足を踏み入れた。続いて圭、実也子、祐輔、知己が入室する。
「なに、この人達」
 と、誰に問うでもない、つまるところ、小さくない声で独り言を言ったのは圭だ。
「ほんと…」
 実也子も、既に席についている人物からの視線をどう受け止めればよいか戸惑っている。
 安納がいて、みゆきがいる。そして六人。年齢も服装もばらばらの人物が、興味深そうに『B.R.』の五人を振り返っていた。
 いや、そもそも彼ら六人は浩太たちを『B.R.』と知っているのか? 安納、そしてみゆきがいるのだから何らかの関係があるのは必至だ。
 パタン、と知己が後ろ手でドアを閉めた。
「八木さん…?」
 その六人の中で、一人だけ面識のある人物がいることに逸早く気付いたのは知己だった。
「えっ?」
 知己の言葉に浩太が驚く。
「あーっ、ほんとだ、八木さんだ」
 実也子が大声を出すと、六人のうち一人が立ちあがって軽く頭を下げた。
「どーも」
 八木尋人だった。職業はフリーライター。表沙汰にはなっていないが、『B.R.』のメンバーのうちの一人である中野浩太を誰よりも早く見つけ出した人物だ。
「どうしてここに?」
「安納社長に呼び出されたんだ」
 八木は浩太たちの反応を面白がっているかのように笑う。どーして、と尋ねようとした矢先に安納の声が響いた。
「早く席につけ。会議を始める」
「その前にこの方たちが何者か紹介していただけませんか」
 冷静に祐輔が問う。
「勿論だ。早く来い」
 入り口付近で足を止めていた五人は、みゆきの誘導により用意されていた席につく。丁度、八木を含めた六人と向かい合うかたちだった。八木は自分の席に座り、みゆきは白板の前に立つ安納の隣に腰を下ろした。
 ごほん、と安納が空咳をする。そして言った。
「全員が揃うのは初めてだな」
 しん、と室内は静まりかえっている。
「三年前に立ち上げた『B.R.』プロジェクト。現在この部屋にいる、八木くんを除く十二名が、『B.R.』プロジェクトの総メンバーだ」
 そう、言い放った。
「…っ!」
 驚いているのは浩太たち五人だけだった。目の前にいる八木を含む六人、それと叶みゆきは静かにそれを聞いた。
「今まで、顔を合わせないよう打ち合わせを行っていたからな」
「そーやっ、えげつないでー、シャチョー」
 と、目の前の一人が立ち上がった。三十歳前後と思われる男性。怪しい関西弁で、びしっと安納を指差した。
「聞いてくれや、『B.R.』の人達っ」
 浩太たちのほうに顔を向けたかと思うと馴れ馴れしく話しかけてくる。
「俺らスタッフもな、全員が顔を合わせていたわけやない。実際、俺はこの中では桂川と叶としか顔合わせたことなかったしな。今日、来てみたら何や。大塚のオヤジに須佐までいるし。他の仕事で一緒になったことあるヤツばっか。隠しとく必要なかったやん」
「必要かどうかは関係ないだろう。そういう契約だっただけだ」
 と、安納。
「新見さんっ、話が進まないから座ってよ」
 隣の女性が小声で諌めた。この女性は二十代半ばと思われる。全体的に派手…というより若作り気味で、ウェーブの髪をアップに結って花飾りがあしらっており、襟と袖にファーがついたピンクのシャツにミニスカートという格好だった。
「桂川さんの言う通りだよ、新見。座れ。まず、自己紹介してもらう、新見から」
「よっしゃ。俺は新見賢三、三十一歳。フリーのカメラマンだ。『B.R.』プロジェクトのクレジットで言うなら、Photography担当、つまりジャケ写の写真は俺が撮ったっつーことやで」
 次に隣の女性が立ち上がる。
「デザインワーク担当、桂川清花です。二十五歳。ディスクの盤面デザインは勿論、ジャケットの紙の素材、色や文字の配置を考えるのが仕事。新見さんの写真を好き勝手使えるのが特権かな」
 さらに隣。眼鏡をかけた細身の男性が軽く頭を下げた。
「須佐巽。二十八歳。CF…テレビCMの製作をやってます」
 隣。大学生のような男性が緊張しているような挙動で立ち上がる。
「一村草介、ですっ。この仕事では宣伝ポスターの製作をやっています。二十四歳です」
 また隣。膨れた腹が目立つ壮年男性が胸の前で手をあげる。
「大塚スグル、五十歳。確認するまでもなくこの中では一番年配だな。製作担当。製作ってのは、まぁ、CDやケースそれら全てを形にする仕事だ。CDだけでなくCMの配給もやってるから、ま、こいつらの総まとめ役でもある」
 その、嵐のような自己紹介を浩太たち五人は黙って聞いているしかなかった。
「でも、ほんと、感動ですよ、社長」
 桂川が高い声を出した。
 他、新見たちも浩太たちに目を向けて、笑顔を見せる。
「会えて光栄です。あなたたちと」

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