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 それで浩太が気を静めることはなかった。
(三年間も…っ)
 『B.R.』の面々は全員、みゆきのことを「かのん」と呼んでいた。それは勿論、みゆきがKanonであるからで、またそれとは別にKanonに対する尊敬も含まれていた。
 みゆきもそう呼ばれることに異議無いようだったし、なにより三年間一緒にやってきた仲間だ。
 それが嘘だったなんて。
 浩太だって傷ついている。
「ま…待って!」
 突如、みゆきは踵を返そうとした浩太に駆け寄ってその腕を掴んだ。浩太、そして希玖にとっても予想外の行動で少なからず驚く。
「離せっ」
 腕を振り解く。
 みゆきは息を切りながらも、浩太に懇願した。
「こ…このことは内緒にして、ください。お願い…、お願いします」
「…」
 ほら、やっぱり、と思う。
 みゆきがここまで必死になるだけの理由が、希玖にはある。
 みゆき本人の都合じゃない。自分のことをここまで貫き通そうとする意志の強さはないだろうから。
 希玖に理由があるんだ。
(…)
 何故だか、むっ、と苛立って、浩太は突き放す言葉を返した。
「そんなこと言える立場か」
 そして振り返り、ドアを開ける。部屋の外へ出る。ドアを閉める。
 今度は振り返る理由も、引き止める声もなかった。
 窓の外、ずっと遠くに都心部の明かりが見えた。いつもと同じ景色のはずなのに。
 浩太は、泣きたくなった。




「希玖…、どうするの?」
 おろおろと慌てふためくみゆきは、浩太が去ったドアのところから振りかえった。
 希玖はベッドの上で軽く肩をすくめて見せる。
「浩太は告げ口なんてしないよ。『B.R.』のメンバーに言うくらいはするかもしれないけど、外に漏れることはないさ。────でも、僕の言い分を聞いて行って欲しかったな…」
 膝の上で指を組み、希玖は目を細めてそんな風に呟く。
「そんな」
 悠長なこと言って、と言いかけた。
「きみもだよ、みゆきちゃん」
「え?」
 みゆきの疑問符を、希玖はわざと無視した。
「みゆきちゃん」
 そして人差し指を立て、笑顔を見せる。
「──今回の企画の日程、教えてもらえる?」


*  *  *


 十二月十三日。東京駅丸の内口───。

「久しぶりっ! …とは言わないか、今回は。三日前に別れたばかりだし」
 いつもと同じ、東京駅。
 小林圭、片桐実也子、山田祐輔、長壁知己の四人はそれぞれの地元から戻り、再び集合していた。
 いつもと同じでないのは、中野浩太がいないことだ。彼は今、外を出歩くわけにはいかないから。年齢がばらばらで、にぎやかな四人組は駅構内で多少目立っていたものの、まさかこの四人が『B.R.』のメンバーだなんて、人々は夢にも思わないだろう。
 三日前。四人はこの場所で別れた。理由は、これから世間を騒がせる出来事に自分たちが関わり、その結果周囲に迷惑をかけるだろうという、家族への告白のためだ。
 正体不明の人気バンド、『B.R.』。
 そのうちの一人、ギターの中野浩太がスクープされたのは四日前のこと。そして、四人が地元へ帰っている間、中野浩太と事務所の社長である安納鼎の記者会見が行われていた。四人はそれを自分の家のテレビで見ていた。
 『B.R.』の五人は皆、有名になりたかったわけじゃない。
 お互い全く別の、それぞれの生活があるし、それを大切に思っている。『B.R.』というバンド活動は趣味の一環で、勿論それも大切にしているけれど、一年に一回と割り切っている。
 安納鼎は言った。
 君達はプロになる気があるのか────?
 あるわけない。
 結局、安納の説得(企み?)により、全員、マスコミの前に出ざるを得なくなったわけだが、その後のことについて、明確なビジョンは無かった。
 彼ら五人の意志を尊重する。と、安納は言っているが。
「あ、すごいことに気付いた」
 と圭が面白そうに言う。
「?」
「俺達、コート着て会うことなんてなかったな」
 年長組三人が目を丸くした。
 『B.R.』の活動は夏と決まっていた。故に彼らは夏以外に会うことなどなかったのだ。
 ぷーっ、と実也子が吹き出す。
「皆とクリスマス過ごせるなんて夢にも思わなかったよ」
 今日は十三日。安納が五人に記者会見を行わせる二週間後というのは、奇しくもクリスマス・イヴ。
「こんな状況にも、ちょっとは感謝しなきゃかな」
 実也子は目を伏せて、苦笑いした。

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