キ/BR/06
≪13/21≫
目が覚めるような、鮮やかな、青。
───の、衣装。
「はずかしーっ」
実也子が叫んだ。続いて同じ意見の圭も嫌味を含めた言葉を口にする。
「げーのーじんって、皆、こんなことやってんの?」
とある撮影スタジオでのこと。
教室ほどの広さの部屋の中は雑然としていた。撮影器材や照明器具、小道具が積み重ねられた棚は今にも崩れそうだし、所々に足場が組んであるので下手に歩き回れない。薄暗いのも気になる。が、部屋の一点だけ、照明が集中し、照度が高くなっている場所があった。
そこには壁から床にかけて白い布が皺一つ無く敷かれている。照明の色も白。眩しすぎる光の中に彼らはいた。
同じ青色の衣装。デザインはそれぞれ異なるけれどお揃いの服を着ている。圭は肩を出したトップに膝丈のズボン。浩太はタンクトップの上に襟付きジャケット。実也子は襟足の高いアンサンブルにミニスカート。祐輔はタートルネックの薄手のセーター。知己は首の開いたシャツとスラックス。
すべて、青。
靴下や靴まで同じ青だった。おまけに圭以外は、これまた青のレイバン。圭は大きな青い布を持たされている。
「今回のジャケット写真撮るでー。いいかー」
と、三脚に乗せたカメラの向こうで新見が手を振る。
いいか、と言われても五人は微妙に顔を歪ませることしかできないでいた。新見は試し撮りを既に始めていて、カシャ、ジー、という音が部屋に響いている。
ジャケット撮り、と言われて連れてこられたと思ったら衣装を着せられスタジオの照明の中に居た。ここにいるのは『B.R.』の五人と新見賢三と桂川清花だけだ。安納鼎と叶みゆきは工程進行の打ち合わせで、他のスタッフもそれぞれの役割分担の前準備に追われているらしい。
「にしてもまさかこんな格好させられるとは思わなかった…」
と浩太が嘆息混じりに言う。
「私、スカートはかない人なんだけどなー。あと慣れないヒールが痛い」
実也子は苦笑いしながら、スースーする足をさすった。
「なあ、この青ってやっぱり」
「Blue
Roseからきてるんでしょうね」
知己の言葉を祐輔が継ぐ。
「安易だなー」
圭が呆れる。
「分かりやすい、って言って欲しいな」
と、口を挟んだのは桂川だった。背後に声を聞いて圭は振り返った。
「よく似合ってるよ、小林くん」
「喜んでいいわけ?」
「喜んで欲しいなぁ。私の見立てだもの」
この桂川という女性。───彼女の趣味はすでに新見経由で知らされていた。
安納社長と同じく派手好きで、しかも極度の少女趣味。安納と桂川では「派手」の種類が異なるが、どちらも演出過剰という意味においては同じだ。
「あ、ほらほらー。小林くんの持ってるヴェールね、『B.R.がヴェールを取って、今、明かされた』って意味を込めてるの。ね、ね。かっこいいでしょ?」
桂川は一人、はしゃいでいるが、それに賛同する声はなかった。(派手好き…ね)と誰もが納得した。
「そこどけっ、ファインダーに入っとるでっ」
カメラの向こうから新見の声が飛んだ。これは勿論、桂川に当てられた言葉だ。
「大体、なんで桂川が衣装決めるんやー。おまえ、デザインワークやろ」
「うるさいなー新見さんは。社長がこれ以上スタッフを増やしたくない、なんてケチなこと言うから仕方なく兼業してるんじゃない」
「嘘言え。楽しんでるくせに」
「あたりでーす」
からからと笑いながら、ファインダーの外へ出て、そのまま新見の後ろにつく。新見はまったく、と息をついて再び撮影再開。相変わらずぎこちない五人だがそれはそれ、持ち味というものだ。
「ほんとは、今はあまりこういうのは流行らないのよね。CDジャケットにメンバーの写真をこれでもかってほど載せるのはね」
桂川が語りはじめる。声量から、新見にではなく被写体の五人に聴かせている言葉だった。
「どちらかというと、抽象的なデザイン───写真とか、前衛的なイラストとかそういうもので曲のイメージを伝えるものが多いの。でも今回は『B.R.』の正体をバラすのが目的でしょ?
やっぱり写真がメインじゃなきゃね」
「とか言って自分が楽したいだけじゃねん?」
横から茶々が飛んだ。桂川はむっとして、報復の言葉を口にする。
「新見さんこそ、風景写真専門のカメラマンだからって、人物撮りはセンス無しってのはプロとしてシャレになりませんよ」
「桂川ー。ケンカ売っとんのか」
桂川はくすっと笑うと、今度は五人に聞えないよう、声量を落とした。
「そりゃあ、新見さんと対等に仕事するにはケンカくらい売っておかないと」
「若造がええ気になんなよ」
にやりと笑って、カメラの倍率をあげる。
青い衣装を着た彼らを、ファインダーから覗き込む。シャッターを押す。
新見の仕事はそれだけだ。そしてそれだけで全てが評価される。何年間もこの業界で生き残っている者を馬鹿にしてはいけない。桂川もそれをよく分かっている。
カシャ。ジャー。
「新見」
出入り口から須佐と一村が入ってきた。二人ともノートとシャーペンを片手に持っている。先程まで打ち合わせを行っていたのだろう。
新見は頭を上げ、二人に軽く挨拶した。それから照明の中の五人に向かって、
「十分、休憩な」
と叫ぶ。
「まだ着替えちゃいけないのー?」
実也子が言う。
「これからや、我慢せー。───で、須佐たちは何の用だ」
スタッフ側四人が輪を作り会話を始めたとき、新見の声は一段下がっていた。桂川も表情を改めて、その会話に加わる。『B.R.』演奏者の五人がそうでないとは言わない。が、スタッフの彼らはプロだ。遊びで仕事しているわけではない。
「一村のポスター案。やはりここは人物を使う方向で決まりだ。ついでだから、新見が今撮ってるもののポラが上がったら、ポスターの写真も撮ってもらいたい」
と、須佐。
「ポスターに人物?
顔、写すんか?」
「いや、こっちはそちらと違って、事前宣伝だから。それはしない」
発売日前に貼られるポスターに『B.R.』の顔を映すはずがない。
「だから、後ろ向きの写真を撮ってもらいたいんです」
と、一村が続けた。
「丁度、ジャケットの後ろ姿だと面白いんじゃないかと思ってます。ポスターでは後ろ姿、そして発売されたCDは前面からの写真───、勿論、後ろ姿である程度人物像はバレてしまいますが、ポスターを貼ってからCDが発売されるまで一週間もないならそれもいいんじゃないかと思って」
一村の言葉が切れると今度は須佐が話しはじめた。
「ついでにCFでは、完成CDのモックアップ(実物大模型)使うから、これは大塚さんのほうに頼んでおく。桂川さん、インレイや盤面デザインってできてる?」
「インレイは製作中、新見さんのスナップ待ち。盤面はデータをすでに大塚さんのほうへ送付済みです」
「ありがとう」
「CFの絵コンテは?」
「新見に見せる必要ないだろう。それはこっちの仕事だ」
「かーっ、ケチくせぇ」
「まあまあ、新見さん。抑えて抑えて」
噂通りの須佐の仕事に対する厳しさを初めて目の当たりにして、桂川はウキウキしていた。これぞ仕事の充実感というものだ。
セールスワークの作業も佳境に入っていた。
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