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「………きっ」
 浩太の呼びかけに、弾かれるようにみゆきが振り返った。
「!」
 目を見開く。
「……っ希玖!」
 みゆきと浩太の驚きは同じものだ。
 ここに来るはずのない人間が現われて、二人は目を見開く。
 彼が、そこに立ってた。ニットのコートと帽子、それにマフラー。彼にしては厚着な格好。
 そこにいる全員の注目を浴びているにも関わらず、動じずに、それを受け止めていた。
「誰? 浩太の知り合い?」
 圭が言った。
 非関係者ならばここに現われるはずがない。プロジェクトスタッフは先日全員と顔合わせをしたし、仮にスタッフだとしても年齢が若すぎる気がする。
 彼は圭、実也子、祐輔、知己に対して、にっこりと笑った。
「こんにちは。はじめまして、僕は安納希玖といいます」
 明るい声で名乗り、ニットの帽子を取る。すると、茶色の髪が空を舞った。ぶるぶると首を振った後、もう一度微笑んだ。
 みゆきは彼、安納希玖の行動の意図を掴めずパニックになっている。考えがまとまらない。
 浩太も、希玖が何故このシチュエーションを選び自分に会いに来たのか全く分からなかった。
 そして礼節通り名乗った希玖だが、この状況では何の説明にもなっていない。しかしながら名前だけから推察できる素性、それに逸早く気付いたのは知己だった。
「安納…って」
「うん。そう。社長≠フ息子」
 希玖が言う。え、と皆、目を見開いた。
「あとみゆきちゃんの従弟だし、浩太の友達でもあるよ」
 みゆきちゃんの従弟だし、浩太の友達でもあるよ。
「希玖…っ」
 みゆきだ。希玖はそれに答えて、
「稔さんと違って、僕がここに来ることは、お父さんには言ってない。反対するのは分かってるし」
「じゃあ…」
「それにしても…あはは。テレビより先に、『B.R.』の皆を見ちゃった。ちょっと優越感」
 もう一度五人を見渡して、希玖は熱っぽく語った。
「僕も『B.R.』のファンなんだ。サイン貰ってもいい? 他のファンの人達から見たら、すごい抜け駆けだけど、それはまあ、お父さんのコネということで」
 くすくすとよく笑う。
 希玖は気さくな人柄で、圭や実也子ともすぐに打ち解けた。『B.R.』の音楽や、安納鼎の裏話で盛り上がっている。
 そんな希玖を前にして、知己は浩太に気付いた。
 浩太が、希玖を見る視線。苦々しく眉を寄せて、何か言葉を飲みこんでいるように、右手は胸を掴んでいる。
 希玖は「浩太の友達」と名乗ったが、希玖が現われてから浩太は一度も言葉を発していなかった。
 知己は浩太に小さく声をかけようとする。が、圭のほうが勢いがよく一瞬だけ早かった。
「浩太、なに怒ってんの?」
 と、大きくはないが会話の流れを中断させるくらいの声量で言う。
 浩太は圭を睨んで、
「……なんでもねぇよっ」
 と刺々しい声。
「浩太」
「!」
 希玖だ。凛とした声が響いた。
「僕は、君に会いにきたんだよ」
 真っ直ぐに浩太を見つめる。いつものような場を和ませる笑いではなく、ただ一人に向ける、感情を表した笑顔だった。
「それから小林圭くん」
「ん?」
「片桐実也子さん」
「…あ、はいっ」
「山田祐輔さん」
「はい?」
「長壁知己さん」
「…ああ」
「──それに浩太。みゆきちゃん」
 真剣な瞳を、二人に向ける。
「聞いて欲しいことがあって、今日はここに来たんだ」

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