キ/BR/06
≪18/21≫
十二月二十四日。クリスマス・イヴ。
キリストの降誕を記念する祝祭。───の、前日。
と言っても、この世界的規模のイベントでどれだけの人がそれを意識しているだろう。街を歩けば煌びやかなネオン、華やかな通りを着飾った人々が歩く。例え名目が何であれ、東方の三博士が星見だけでイエスの生誕を予測したように、誰もが幸せな気分でいることを誰もが不思議と予感してしまうような、そんな、聖なる日。
そんな日のとても寒い朝。人々の話題を独占したものがあった。
『はい。こちら渋谷MG会館前の高木です。見て下さい、この行列!
このクリスマスイヴの朝にずぅーっと向こうから、若い人達を中心とした人だかりができています。皆さんお分かりでしょう!
本日午前十時から、MG会館大ホールにて、あの、『B.R.』の公開生記者会見が行われるんですっ』
女性リポーターが寒い中息を弾ませて叫んでいる。
『元々、マスコミ向けの記者会見だったんですよ。しかし同時に初のライヴを敢行するということが、昨日、各マスコミに通達されました。どういうことか分かりますかっ?
過去、一度も、姿を表すことがなかった『B.R.』がライヴを行うんです!
半月前の中野浩太さんの一件は皆さんご存じだと思いますが、彼以外のメンバーも全員現われるんですよっ!
───『B.R.』の仕掛人、安納鼎社長が言うには一般の方の出入りもオッケーだそうで、整理券をもらうために、こんな行列ができているというわけなんですっ!
ライヴの状況はテレビ放映の許可も出ているので、ここに来れない方々も放送を楽しみにしててくださいねっ!』
それともう一つ。
『高木さんありがとーっ。替わってこちらは、Tレコード池袋店まえの平沼シンヤでーっす。こちらも人、人、人の行列ですっ!
ちょっと訊いてみましょう。───おはようございます!
今日は何を買いに来られたんですか?』
『もちろん『B.R.』の新譜ですよー。テレビCMも超カッコ良かったしー、早く聴きたーい!』
『というわけでぇ、こちらも『B.R.』絡みの行列です!
販売元の生産が間に合わず限定数発売との噂もあるので皆さん必死です。今日はクリスマスイヴ! 同時に『B.R.』の日と言っても過言ではないでしょう!
それではスタジオにお返ししまーす』
『B.R.』────。
三年前の夏。どこからともなく現われたロックバンド。
はじまりは有線放送だった。
街中を歩くといつのまにか耳にしていた。喫茶店に入れば気付くと耳を傾けてしまう。誰かと会っているとき、買い物の途中、食事、散歩、いつもの日常のなかで。
気が付くと耳を傾けていることに気付く、そんな歌があった。
初めは何件かの問い合わせの電話。少しずつ噂が広まり、話題が話題を呼んで、その歌がチャートに名を列ねる頃。誰もが、誰もその姿を知らないことを知る。
『B.R.』は正体不明。どのメディアにも姿を現さず、音だけの存在なのだ。
演奏形態はロックバンドの基本、ボーカルとギター、その他からなる5人(推定)で、ボーカルの声は男声とも女声ともつかず、性別すら分からない。
デビューから三年。これだけ時間が経つと、レコードをリリースする周期が読めてきて、『B.R.』は夏にだけ曲を出すことに気付く。
その秘匿さは世間の好奇心を掻き立てていた。
夏だけの存在。
しかしその歴史は今日までのこと。
クリスマス・イヴの今日。彼らは現われる。
「─────ねぇ、尋人」
白いコートに身を包んだ日辻篠歩は、隣に並ぶ八木尋人の名を呼ぶ。
「何?」
「クリスマスにライヴに誘うなんて、あんたにしては上出来だけど、どうして『B.R.』のライヴチケットがすでにあるわけ?
しかもバックステージパス付き」
疑惑の目を向ける篠歩。ぎく、と尋人は内心で思ったが態度には出さなかった。
尋人は、『B.R.』のアルバムにライターとして参加していたことを、まだ篠歩に言っていない。
まぁ今日発売のCDを篠歩が手にしたら、クレジットの名前でバレてしまうのだけど。
「ダメ元で中野くんに頼んでみたら、意外とあっさりくれたんだ」
平然と嘘をつく。
「……怪しいわね」
「オイ」
「『B.R.』がライヴするって聞いたのは、つい昨日のことよ?
半月前の騒動から中野くんにはマスコミが張り付いてるし、端から見て第三者のあんたが中野くんと会う機会があるわけないじゃない」
確かに、筋は通っている。
(…さて、どうやってゴマかすか)
あとたった二時間の秘密を隠し通すことを、尋人は真剣に考える。煙草を咥える。すでに無意識下での行動。
「隠し事してるでしょ」
「そりゃ勿論」
「『B.R.』絡みだったら、ただじゃおかないわよ」
「じゃあ言わない」
「『B.R.』のことなのねっ!」
このやろ。ぼすっと尋人の背中を叩く。
「すぐに分かるさ」
と、尋人が笑った。勿論、尋人が素直に笑うはずがなく、ごまかすためのものだと篠歩は知っている。この辺りの歪みきった付き合いが何年も続いているのだから。
「────彼ら、どうするのかな」
と、篠歩が訊いた。質問の意図をすぐに察して、尋人は目を伏せた。
「…」
「……まさか、やめるなんて言わないよね?
中野くん、何か言ってた?」
「俺は何も聞いてないよ」
ただ、五人の意志は決まっているという。
今日、それが明らかにされるのだ。
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