キ/BR/06
≪2/21≫
十二月十日。東京都I区────。
早朝。
とはいっても、早朝とは一体何時から何時までを指すのだろう。殊更に夜と朝の区別とは?
空が白んでいる時刻を朝と呼ぶのなら、今は本当に早い朝───早朝ということになる。
「はーっくしょん!」
都内某所の歩道橋の上。絵に描いたようなくしゃみをしたのは、カメラを抱えた新見賢三だった。
空はまだ暗い。しかし東のビル群の向こう側の空が、白くなってきているのが見える。
時刻は六時半。
つい三十分前、新見の携帯電話にメールが入ってきた。
【やっと終わったーっ!
お先に寝るよ。本日午前十時! 忘れないで見るように。すごく楽しみ!
桂】
人のことは言えないが、相手もヤクザな仕事だ。この時間までパソコンに向かっていたらしい。
(どーせ、起きられんやろな。時間になったら電話してやるか)
午前十時から『B.R.』の記者会見が行われる。勿論、新見も見ないわけにはいかなかった。
パシャ。
東の空を一枚。
「おーい、新見さん」
下から声がかかった。顔見知りだった。
「よー、新聞配達のボーズ、朝から元気やなー」
荷台に新聞を山ほど積んだ自転車が止まっている。その持ち主が歩道橋の階段をかけあがってきた。
「おはようございますー。また、仕事スか?」
新聞屋の学生アルバイトくんだ。この歩道橋とこの時刻が新見のお気に入りスポットなので、何回か顔を合わせている。人懐こい性格で、いつのまにか懐かれてしまっていた。
「そう、仕事」
「最近撮ったのって、何かありますっ?
見せてくださいよー」
「その辺、適当にスナップあるから勝手に見ていいでー」
カシャ
朝日が照らすビル群を一枚。
隣では新聞屋アルバイトが新見の荷物をがさがさと漁っていた。
「ねー」
「なんじゃい」
「新見さんて、風景写真専門なんでしょ?」
と新聞屋アルバイトが首をひねる。
「そだよ」
「これって、人間じゃん」
ぴらり、と掲げて見せたスナップ写真は、赤ん坊を抱いた母親の写真だった。どこかの公園で撮られたものだ。
にやり、と新見は笑う。
「おいボーズ。おまえ、動物園で撮られたライオンやペンギンの写真を風景写真だと思うか?」
「え。…うーん、風景写真だと、思うよ」
「それと同じや。生物という点においては人間だって同じ。人間だって地球の風景写真には変わらん」
パシャ
本日三枚目のシャッターを、押した。
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