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 みゆきは希玖の顔が見れなかった。自分が酷く勝手なことを言ってるとわかっているから。
 『B.R.』が結成されたとき、自分の役回りを安納鼎から命じられた。『B.R.』のプロジェクトのなかでのみゆきの仕事は雑用と、Kanonを名乗りレコーディングに参加することだった。みゆきも初めは戸惑ったものの、結構簡単にOKしたと思う。希玖の曲を発表することに舞い上がっていたのだ。
 わずか一ヶ月でスタジオワークを叩き込まれ、最低限の知識も詰め込まれた。Kanonを名乗る体裁は整えられたはずだった。
 しかし。
(……)
 空名を背負うことがこんなに辛いなんて、みゆきは知らなかった。
 誰かの名を名乗るというのは、単なるスポークスマンとはわけが違う。代理だなんて気付かせてはいけない。
 曲をかいたのは自分だと、そう口にするのは簡単。良心が少し痛むだけで。
 でも、その賛辞を受けたときの罪悪感といったら前述の比ではない。
 ズキズキズキズキ。本当に、胸が痛くなる。
 その度に、みゆきは叫びそうになる。
(Kanonは私じゃない───!)
「……みゆきちゃん。それ、違うよ」
 静かな、声が響いた。
「え?」
 みゆきが顔を上げると、希玖は目を細めて苦笑した。いつもの笑顔とは違う、悲しそうな表情だった。
「やっぱり、勘違いしてたね」
 と続ける。
「え…どういう───」
 意味? と訊こうとした。
 瞬間。
 バンッ
 病室のドアが開かれた。同時に叫ぶ声があった。
「おい、かのんっ!」
 帰ったはずの中野浩太が現われた。えらい剣幕で二人に近づいてくる。
 浩太が名指しした「かのん」とはもちろん叶みゆきのことだ。────と言ってももしかしたら浩太はこの時みゆきを呼んだのではなかったのかもしれない。
 突然入ってきた浩太に二人は目を丸くした。
「浩太さん…?」
「どしたの、浩太。帰ったんじゃなかった?」
 浩太は呼吸が乱れて両肩が上下に揺れていた。走ってきたせいもあるが、それよりも興奮が勝っていると思う。
 浩太は二人の顔を交互に見渡した。
 一人は叶みゆき。三年前に出会い、あれらの曲を作った本人Kanonだと安納鼎から紹介された。『B.R.』のプロデューサーであり、雑用係でもある。
 もう一人は安納希玖。半月前からの付き合いだが、ついさっき安納鼎の息子でみゆきの従弟であることを教えられた。…はっきり言って食えない奴だ。
 浩太は自分の中に生まれた小さな疑問を放っておくことができなかった。その疑問はついさっき生まれたものではなく、何年も前から存在していたもののような気がする。
(ああ、やっぱり─────)
 何がやっぱりなのか分からないがそう思ってしまう。
 今、ここで二人に何を尋ねようとするのか、その言葉さえまだ決まっていないのに。
 まだ何も訊いてない。まだ何も答えてもらってない。それなのに。
 不思議と、納得してしまっている自分がいる。それはとても、穏やかで激しい。複雑だ。
「浩太…?」
「一つ尋きたいんだけど」
 浩太は、二人を見据えた。
「『B.R.』の作詞作曲者のKanonって、叶みゆき。おまえのことだよな? 希玖じゃなくて」

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