キ/BR/祐輔
≪5/13≫
日阪慎也は学校の敷地内の芝生の上で昼寝をする習慣があった。
昼休み。山田祐輔におごりつつ、自分も昼食を済ませ別れた。慎也はすでに行動パターンになっている昼寝を敢行するために校庭に出る。まず荷物を放り出すと、自分も腰を下ろしそのまま寝転んだ。日除け代わりのテキストを顔の上に乗せ、すぐに睡眠モードへと突入する。
「慎也」
睡眠突入を妨げる高い声が頭上から聞えた。知っている声だった。
「…珍しいな。学内でおまえが声かけてくるなんて」
トーンを落とした声で返事をする。顔の上からテキストを取り除くと、すぐ傍らに見知った人物が立ち、慎也を見下ろしていた。
彼女が座ったので、慎也も視線の高さを合わせるために上体を起こし座り直す。
こんな間近で彼女を見るのは本当に久しぶりのことだった。
「山田祐輔、って、知ってる?」
唐突に、尋ねてくる。
慎也は目を見開いた。二重の意味で驚いた。
一つは、彼女が他人に興味を抱いているということ。
一つは、山田祐輔の名を知らないこと。
…とりあえず、後者について尋ねてみることにする。
「知らないのか? おまえと同じくらい学内じゃ有名人だけど」
「皆、そう言う。……でもじゃあ、その山田くんは、私のこと、知ってるの?」
うっ、と慎也は答えにつまってしまった。祐輔と彼女の話をしたことは、ない。そして祐輔の性格を考えるに、多分、知らないだろう。彼は彼で、他人の演奏になど興味がないようだから。
「どんな人?」
更なる質問。どんな人? とはどこに照準を合わせた問いなのだろうか。
「興味あんのか?」
冷やかしも込めた言い方だった。分かってはいたが彼女には通用しない。慌てて否定するくらいのリアクションは欲しいものだが、彼女の表情は少しも変わらず、何の色気もない本当のことを告げた。
「コンクールの伴奏、に、薦められたの」
相変わらず説明不足の言葉少なさはどうにかしてもらいたい。
でもこれは慎也にも分かった。
彼女の属するヴァイオリン科では近々学内主催のコンクールが行われる。そのコンクールの課題曲が、ピアノ伴奏付きであることが発表されたのはついこの間のことだ。コンクールにエントリーする生徒は学内からピアノ伴奏を担当する相棒を選出する権利がある。
「ああ、おまえ、出るんだっけ。でもあいつを誘うのは難しいと思うけど」
「どうして?」
「どうしてって…」
説明は簡単だが納得してもらうのは難しいだろう。
「上手なの?」
「ああ。うちの科じゃ飛びぬけてな」
山田祐輔の気難しさを伝えるのは難しい。そして彼のピアノの腕を説明するのも難しい。
慎也は、ぴん、と思い付いて、彼女に問い掛けた。
「…聴いてみるか? 次の時間ちょうど講堂で公開授業だから」
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キ/BR/祐輔