/BR/実也子
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(……)
 自分の気持ちを誰かに話す時の、鼓動が早くなるこの気持ちを何と言うのだろう。緊張、高揚…とも違うような気がする。気持ちは冷えているのに、胸が高鳴っている。喉が閉ざされる感覚、舌がうまく回らなくなる。それを振り切って、
「一つは前田先生のこと。私が芸能界に入ったことは勿論耳にしてるだろうし。良く思うはずないのは分かるの。その一方で、マスコミが私の昔のこと調べて、発表しちゃって、先生に迷惑かけるって考えると、すごく恐いの。いつそうなるかって考えると、夜、眠れなくって…」
 小さく、でもしっかりとした声で言った。
「いつかは、バレるよね…」
「うん。そうなったら、ちゃんと、先生に謝りに行く覚悟はあるの。……だけど、…予想はしてたけど、今日、塚原くんが来て」
 ぶっ、と理江が吹き出した。
「…塚原って、昔、実也と付き合ってた塚原正志ぃっ?」
 ベッドから飛び起きて叫ぶ。ぐはっと何かに射られたように実也子はその場に伏した。
「理江さん…。そんな昔のことを」
 たはは、と苦笑い。
 そんな実也子を気にせず、理江はベッドの上であぐらをかくと、腕を組んで堂々と悪口を叩いた。
「前田先生の弟子の中じゃ一番性格悪かったよね」
「そうでもないよ。…彼は音楽に対して誰より厳しかったし、先生を尊敬してたし、技術的なものもすごく憧れだったなぁ…」
 しみじみ、と語る実也子。これはノロケではないが、それを聴かされたのと同じような気持ちを理江は味わっていた。口の端を歪めて「やってらんないわ」と言いたいような仕種で笑う。
「当時から思ってたけど…実也。あんた塚原の技術に惚れてたんじゃない? 恋心とは別でさ」
「んー。今思い返すと、それも否定できない」
 素直でない認め方をした。でもすっきりした笑顔で言った。
 何故だか笑いが込み上げてきた。
 確かに一時期、塚原正志と付き合っていた。自分にも他人にも厳しい人だったから周囲からは敬遠されがちだったけど、実也子は尊敬にも近い感情を抱いていた。
 でも。
 実也子は今、ちゃんと恋心を抱いている相手が他にいるのだ。
 それは自信を持って言えた。
「で? 塚原が何だって?」
「皮肉ー…じゃなかったな、あれは。直接的に非難された」
「あ、そう。まぁ、そういう奴よね」
「うん。一つ目の悩みは、先生のことがいつバレるかなって、気が気じゃないってこと」
 そんな風に話をまとめた。
「二つ目は?」
 理江がすかさず尋ねる。すると実也子は口を閉ざし、少し考えてから、言いにくそうに呟いた。
「…最近、皆と居るのが、…ちょっと辛いかな、って」
 その言葉には理江も驚いて目を丸くした。
「皆って、Blue Roseの仲間?」
「そう」
 理江が驚いたのは、実也子は今の仲間とは気が合って、うまくやっているように見えているからだ。
 それでも、胃が痛くなるまでストレスを感じているのだと、実也子は言った。
「辛いって、どうして?」
「あっ。彼らはすごく言い人達ばっかりだよ、勘違いしないでね」
 理江の声が不穏に響いたのか、実也子は必死で付け足した。
「これは、私のほうの問題。…昔は気にならなかったんだけどな。年に一回、会うだけだったからかな」
 独り言のように言う。
 理江は一般論を口にしてみる。
「…まあ。年一回しか会わなかった仲間と、ずっと一緒にいることになったらストレス感じ始めたってのは普通じゃない? お互いの性格が嫌でも見えてくるし」
「違うの」
 はっきりと否定する。どうやら実也子は原因を自覚しているようだ。
「多分、…嫉妬」
「嫉妬ぉ?」
 理江は声をあげた。わけが分からなかった。
(……)
 ところで嫉妬とは、転じて劣等感でもある。
 そのコンプレックスは、とっくの昔に吹っ切れたと思っていたのに。
 それなのに。
「嫉妬って……どうしてよ」
 実也子は、仲間に対して嫉妬心を持っている。
 それが疎ましくて、羨ましくて、心が汚くなる。
 激しいまでの嫉妬。耐えられなくなる。
 自分の至らなさに、悲しくなる。
「───理江さんには、言ったことあったよね。私が、前田先生のところ、やめた理由」
 理江はハッとした。
「…やめた理由って、───あれですか」
「あれですよ」
 くすくすと実也子は笑った。理江は大きな溜め息をついて、ベッドの上で仰向けになった。
「だから嫉妬、か。相変わらずガキだねー、実也」
「おっしゃる通りでーす」
「それに耐えられなくて、飛び出してきたわけ?」
「ううん。直接的にはちょっと違う。ほら、塚原くんが訪ねてきたって言ったでしょ? そのせいで皆に黙ってた私の昔のこと、色々と掘り返されちゃってさ。しまいには先生のところやめた理由をつっこまれて…。それで嘘ついたら見抜かれて、あはは、逆ギレして逃げてきた」
「皆に見抜かれた嘘っていうのは?」
 実也子は圭にすっぱりと指摘された嘘を理江に聞かせた。理江は眉をしかめて、
「…そりゃバレるよ」
 と呆れた。
「どしてー?」
 頭を傾げる実也子。その天然さに理江はさらに溜め息をつく。
 実也子は周囲からどんな風に見られているか、あまり意識していないのだ。
 そんな見え透いた嘘をつかれたBlue Roseの面々には、惜しみない同情を送ることにする。
「良かった私、本当のこと聞かされてて。それ、信じろって言われたら一発殴って縁切るよ」
「理江さあぁあん」
 泣きにかかる実也子には、同情しない。
 理江は真顔に戻って、声を改めて、言った。
「もうちょっと分かってあげなよ。心配なんだよ。…無駄に心配かけさせるのは良くないって。毎日、顔を合わせる仲間なんだし、ちゃんと教えてあげたら?」
 どっちの味方なのー、と実也子は反論しようとした。やめた。
 長さんも祐輔も中野も圭ちゃんも、皆、心配してる。これは自惚れじゃない。
 問題を抱えていることを見抜かれてしまうような態度を取ってしまった以上、事情説明しなきゃいけない。
「…うん。そうだね。心配してくれてるの、わかる。忘れたことなんてないよ。本当に。…彼らと会えたことに、感謝してるんだ」
「実也らしいよ」
 理江が言う。
「…」
 その言葉に反論しようとして、やめた。
 言葉がまとまらなかった。

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