キ/BR/実也子
≪12/16≫
『───と、いうのが姉からの伝言です』
夜の九時半。そろそろ実也子を探し始めなきゃいけない、と思っていた矢先。
片桐俊哉から電話がかかってきた。知己はホテルの部屋でその電話を受けた。
内容は実也子からの伝言で、今夜は東京の友人の家に泊まるので心配するな、と。そんな内容だった。わざわざ弟経由で連絡させたということは、気持ちが落ち着いていない証拠だろう。
『姉の居場所は俺も分かってますので、安心してください。ただ、口止めされているので場所はお教えできませんけど』
「わざわざありがとう。消息が分かっているなら、とりあえずは安心できるよ」
『何かあったんですか?』
実也子から一方的に伝言を頼まれた俊哉としては、訳が分からないのも当然だろう。
知己は適当に言葉を濁して、全く別の質問を返した。今日、実也子がキレることになった、直接的な原因だと、知己は思っている。
『ミヤが前田公昭のところをやめた理由? さぁ、それは俺も聞いたことはないです』
「……そうか」
知己は溜め息をついた。俊哉から聞き出せるかもしれないと、少しの希望を持っていたからだ。
その気まずい雰囲気を感じて、電話の向こうから俊哉の困惑が伝わってきた。それを取り払おうという気遣いが働いたのかもしれない。今度は俊哉が実也子について質問してきた。
『Blue
Roseの中で、ミヤってどんな感じですか? 浮いたりしてません?』
「いや、ものすごく馴染んでるよ。明るくて、ムードメーカーだし、他のメンバーともうまくやってる」
『そうですか』
と、安心したような声を響かせた。
『…意外に思われるかもしれませんけど、ミヤって地元に友達少ないんですよ』
「まさか」
『ほんとです。中学、高校と学校には通っていたものの、朝と放課後と夜…ずっと音楽一筋だったから。ずっとそんな生活を続けてたら、友達なんてできるはずもないでしょう? 大学入ってからは…ほら、あの性格だから。周りからは好かれるんだけど、本人はどう対応すればいいのかわからないらしいんです』
それからこんなことがあった。
俊哉が、うちの姉弟はどこか普通とは違うのかも、と思ったのは十五歳のときだ。
実也子は弟子生活を始めて五年目のこと。
朝早く夜遅い実也子の生活は、俊哉の生活と重なることがなかった。が、珍しく早起きした俊哉が居間へ向かう途中、玄関前を通ると、楽器を抱えた姉が出かけるところだった。
「いってらっしゃい」
寝ぼけも手伝って何気なく声をかけると、姉は振り返り、何故か驚いた。
「え…、俊くん? うわぁ、大きくなったねぇ」
はたしてこれが同じ家に住む姉弟の会話であろうか。
成長期の男としばらく会わなかったら、体つきが変わって見えるのは当然だけど。
今でこそ近所で仲良し姉弟と呼ばれる二人だが、あの六年間は、同じ家に住みながら滅多に顔を合わせたことがなかったのだ。
二人が喧嘩をしたり協力したりするようになったのは、実也子が帰ってきてからのこと。この四年間は、結構上手く付き合ってきたと思っている。
「ミヤ」、「俊くん」というのは小学生の頃の呼び名で、「姉ちゃん」、「俊哉」に直そうと二人で決めたが、二人とも矯正しきれないでいた。それでもまぁいいか、と思う。
そんな経緯があったので、俊哉にとって実也子は姉というよりは女友達という意識のほうが強い。
『長壁さん』
「?」
『姉のこと、お願いしますね。放っておくと何するか分からないし、危なっかしいから』
身近な者だけが知る彼女の性質をお互い身に染みて分かっているので、苦労性を浮かばせる渇いた笑いを、二人はした。
≪12/16≫
キ/BR/実也子