キ/BR/実也子
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「俊くんっ!」
実也子は意中の人物を目ざとく発見し、その名を呼んだ(叫んだ)。
片桐俊哉はフロントカウンターそばのソファに座っていた。大声で名前を呼ばれてビクッと肩を震わせたが、声を発した実也子を見止めると、その相変わらずの性格に柔らかい笑顔を見せて立ち上がった。
「よ」
実也子は足の速度を落とさずに、そのまま俊哉に突進する勢いで抱き付いた。
「来てくれたんだっ、ありがとーっ」
俊哉はタートルネックのシャツにブルゾンという比較的軽装に荷物が一つ。実也子より十五cm背丈があるため、そのタックルにも倒れないで耐えることができた。
「ついでにね」
「かわいくないなー、もー。でもどうしたの? 突然」
「心配だから様子を見てこいって、母さんが」
「信用ないのね、私」
「信用はあると思うよ。危なっかしいだけで」
「とーしー。二十になってもまだ姉にそーいうこと言うわけ」
くすくすと笑う二人の顔はどこか似ている。二人とも母親似だった。
「え? ミヤのきょうだい?」
後に続いてきたみゆきを含む五人。圭が驚きの声を上げた。
実也子はあっと向き直り、俊哉の腕に手を回したまま言う。
「そうっ、自慢の弟だよっ。いい男でしょ」
満面の笑顔で紹介した。自分の弟を紹介する言葉としては珍しいのではないだろうか。
実也子の隣、俊哉は目の前に立つ五人に深々と頭を下げた。
「片桐俊哉といいます、はじめまして。いつも姉がお世話になっております」
その礼儀正しさに一同は少なからず驚いた。本音が思わず口に出たのは浩太だった。
「…性格は似てないようだけど」
「どういう意味?」
刺々しい声で浩太に詰寄る実也子。
一同に笑いが起こった。
「浩太ー、一言多いよ」
「そうそう。例え本当のことでも言っていいことと悪いことがあります」
「祐輔…、俺はそこまで言ってないから」
圭と祐輔の会話を聞いて、俊哉も吹き出した。砕けた表情で笑って、実也子の居る環境を知って、安心したようだった。
その後、改めてのメンバー紹介と歓談。「それから、やっぱり頼まれてしまった」と、俊哉は色紙を数枚差し出した。大学の友人に、Blue
Roseのベーシストの弟だとバレてしまったらしい。五人は色紙にそれぞれの名前とバンド名を書いた。(全員、楷書体なのが笑える)
「あんまり、姉弟って感じしないな」
と言ったのは圭だった。実也子と俊哉は目を見合わせて笑った。笑うときの表情はやっぱりどこか似ていて、血縁なのだろうということは一目でわかるのだか。
実也子は俊哉と腕を組んで言った。
「俊くんは弟っていうより、友達なんだよね」
そういう姉弟関係を、結果的に築いた片桐家であった。
*
俊哉を見送るため、実也子はエントランスの外に足を運んでいた。一応、人目があるので変装用の帽子をかぶっている。
「別件の用事もあるからあと数日はこっちに居るんだ。上野のホテル泊まってるから、何かあったら連絡して」
「うん」
ホテルの近くの駅まで歩くことにする。二人は肩を並べて、歩道を歩く。
少し前は一緒に買い物へ出かけたりもしていたが、実也子が東京で暮らすことになったので、こんなシチュエーションも懐かしく感じた。
「いい人達じゃん、皆。安心したよ」
「心配だったの?」
「後、俺は、実也は男を見る目が無いと思ってたけど、今回は当たりみたいだな」
長壁知己のことは嫌というほど聞いていた。片桐家の長女は弟に恋愛相談をするので。
「なによ、それ」
男を見る目がない、と評され実也子は苦笑いした。
その笑いを抑え込んで、実也子は声を落とした。
「ねえ、俊哉」
「…なに?」
「私、迷惑かけてないかなぁ? 今、Blue
Roseやってることで、父さんと母さんと、俊哉に」
暗い声で実也子が言うので、俊哉は実也子の頭を小突いて言った。
「まーた、何か悩んでんの? 父さんも母さんも、好きにやればいいって言ってくれてるじゃん。まぁ、ミヤがまた家を出たせいで淋しがってるみたいだけどさぁ。俺だってミヤが有名人になったことを学校で自慢してるしさ。鼻が高いよ」
俊哉が元気付けようとしてくれているのが分かった。微かに笑って、そっか、と実也子は呟いた。
「来てくれてありがとう。楽しかったよ」
駅の改札で、手を振って別れた。
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キ/BR/実也子