キ/BR/実也子
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私たち≠ヘ、皆ライバルだった。
互いに競い合い、蹴落とし、淘汰されてゆく。目指した場所へ辿りつく為に、先生の下へ集っていた。
そんな場所だと知っていた。
ここ≠ノ居ることの誇りと責任は誰もが自覚していたし、先生への尊敬と羨望も当然のように持っていた。
実也子もそれが自分の選んだ道だとそれらの慣習を受け入れてきたし、偶に対人関係の不穏や技術のスランプに悩まされても、不器用ではあるが立ち直り、しっかりと前を見続けてきた。
(きっかけは、何だったっけ?)
もう忘れてしまった。
ぷつ、と糸が切れるように。
前が見えなくなったことがあった。
「───どうした」
声をかけてくれたのは……そう、先生だった。
問い詰めるわけでもない、優しい声だった。
先生の顔を見たら、涙が出てきた。
十三歳の時から六年間。師と仰いだ人、いろんな事を教えてくれた人、叱ってくれて、優しかった人。
「……やめる」
「え?」
「先生。私、もぉやめます」
意外にも、簡単に言うことができた台詞。後にこの台詞を悔いたことは一度もない。
「やめます…。音楽なんてやめる」
やめる。
自分のちからではどうしようもない壁を感じ始めたのは、もう何年も前のこと。
その壁を越えることはできないのだと、わかった。
壁の名前はたった少しの試練。実也子の決断は挫折という。
───────片桐実也子は十九歳だった。
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キ/BR/実也子