/BR/実也子
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「……ぎぼぢわるい…」
 とーとつに。口元を手で押さえて、呟く。
 午後。いつものラウンジでのこと。
「───は?」
 突然の発言に、その他四名は実也子に注目した。真っ青な顔で、口を押さえている。
「ミヤ?」
 本当に具合が悪そうだった。実也子の隣に座っていた祐輔が心配そうに手を出してきたが実也子はそれを遮った。
「ごめーん、ちょっと失礼」
 低い声で呟くと、実也子は席を立ち、レストルームの方へ走っていった。
「大丈夫か? あいつ」
 浩太が呟く。次に圭が、
「悪阻かっ? 長さん、とうとう…」
 ゴツンッ
 容赦無く、圭は知己に殴られた。
「いてーッ!」
 そのままテーブルに伏す。
「ちっとは手加減しろよっ……。あれ?」
 軽い冗談だろっ、と、圭が頭を上げると、知己はもうそこにはいなかった。残っているのは祐輔と浩太だけだ。祐輔の指差す先で、知己が実也子を追ったことを知った。

*  *  *

 吐きこそしなかったものの、幾分すっきりして実也子がレストルームから出てくると、知己が壁にもたれて立っていた。
 ある程度、予測していたけれど。
「……だーからー、長さん」
 はふー、と実也子は額に指を当てて溜め息をついた。知己の隣に、並ぶ。
「あんまり、私をカッコ悪くさせないでよぉ」
 苦笑い。表情を隠すように、前髪を掻きあげる。
 心配させたくないから、迷惑かけたくないから。気を遣って欲しくないから、自分の弱いところを見せないよう努力するのに、簡単にバレてしまっている。
 カッコ悪い、と思う。
「────」
 知己は壁に背中をもたせたまま、無言だった。
 実也子は苦笑いして、知己の腕に、自分の両腕をするりと回した。
「何でもない、って言っても、通用しないかな。長さんには」
「まーな」
 即答があった。しょうがない。白状することにする。
「…確かに、最近眠れないんだ。胃も調子悪いし」
 でも、と続ける。
「眠れないのはつまんないことを考え過ぎてるからだし、胃が痛いのも以下同文。どっちも理由ははっきりしてるの」
 しっかりした迷いの無い声。知己は実也子の顔を覗き込んだ。
「そのつまらない考え事っていうのは?」
「言いたくない」
 ぴしっと言いきる。でもすぐに笑顔を見せた。
「ねぇ、長さん。確かに私は長さんみたいに要領良くないよ。でも自分の問題を自分で解決できないほど不器用じゃないつもり。心配かけてごめん。何も言わないで見守ってて? 私はちゃんと、一人で立ち直るからさ」
 なーんて、ちょっとクサかった?
 実也子はそこで知己の腕から離れた。
「…おい」
「早く戻ろ? あ! これで私が悪阻でーすとか言ったら、皆びっくりするかなぁ。勿論相手は長さん」
 既にいつもの笑顔。実也子はスキップするような足取りで、祐輔たちが待つテーブルへと向かう。
「そのネタは圭が言ってた」
「えっ、そうなの? もー、圭ちゃんはー」
 ネタを取られたことの恨み言を吐きつつ、知己より一足先に実也子は走っていった。

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