キ/BR/知巳
≪3/9≫
ヤスと、前田公昭。そして知己の三人でテーブルを囲んで、世間話をする中、前田はこんなことを言った。
「僕のところ、新しい子が入ってね」
知己はその台詞の意味が分からなかった。新しい子? なんだ、それ。
その疑問は次のヤスの言葉で分かることができた。
「おまえ、もう弟子は増やさん、とか言ってなかったっけ?」
前田はクラシック・ベーシストとして日本の音楽界の将来についても考えていて、音楽家の育成も手掛けているのだった。つまり、弟子をとっているのだ。
ヤスが言うにはすでに七人いるらしい。
「ものすごい勢いで押し掛け志願してきたから、つい、ね。それに、可愛いんだ」
八人目の弟子について、前田はくすくすと笑いながら言った。
それを聞いたヤスは呆れた。
「いくら小さくても男に可愛いなんてなぁ…」
「女の子なんだよ」
「へーえ」
そりゃ珍しい、と興味を持ったようだった。
「おまえの大ファンらしい」
「そりゃ光栄」
「一応、試験みたいなこともしたんだけど、見かけの割に根性ある子でね」
「…女の子ねぇ。見込みあるのか?」
厳しいプロの目になって、ヤスは言った。
その視線を受けて、しっかりと受け止めて、前田は堂々ときっぱり言い切った。
「なければ入れない」
「ごもっとも」
ヤスは表情を和らげて肩を竦めた。
畑違いではあるが、お互い、同じ実を持って第一線で活躍しているプロだ。甘えもしないし、生温いこともしない。
二人の会話を、知己は黙って聞いていた。
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キ/BR/知巳