キ/BR/知巳
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noa音楽企画のビルに着き二人が受付へ飛び込むと、名乗らなくても通してもらえた。
このプロダクションに属する芸能人は数十人いるのに、新入りにも関わらず顔パスが通用する立場になってしまったということだろう。
「おはよーございまーす」
知己と実也子が指定された部屋へ飛び込むと、当然だが他のメンバーはすでに揃っていて、二人を待っていてくれた。
小林圭、中野浩太、山田祐輔。それから叶みゆき、安納希玖。知己と実也子を含む合計七人が、Blue
Roseの主要メンバーである。
「おはよー。実也さん、長さん」
明るい声で手を振ったのは希玖だ。
「あれーっ、希玖。久しぶりーっ」
半入院生活をしているため、希玖が事務所に現われることは稀だ。実也子がはしゃぐのも無理はない。
「遅れて悪い、待たせたな」
「いえいえ。別の話題で盛り上がっていたので、待たされたという意識はありません」
「別の話題?」
知己は祐輔の言葉に首を傾げた。祐輔が答えるより先に、みゆきが心配そうに話し掛けてきた。
「ホテル出るときにマスコミの人達、いませんでした?」
「急いでいたから、よくわからなかったけど?」
「かのんさん、今回のことは慌てる必要はないですよ」
祐輔は楽しそうに笑う。何の事だ? という知己の表情を読んで、祐輔は部屋の奥にいる浩太と圭を指差した。
「ミヤっ、面白い記事載ってるぞ」
「え? なになに?」
浩太たちは一つの雑誌を皆で覗き込んでいて、どうやらその雑誌の記事が話題になっているらしかった。実也子が駆け寄ると、まず一つ目の雑誌を広げて見せた。
それは今日発売の芸能週刊誌。その、三五頁(つまり、あまり大きく取り上げられているわけではない)。
実也子はその見出しに顔を歪ませた。
背後に知己が駆け寄る。知己が記事に目をやるより先に、
「なにこれーっ!」
実也子が叫んだ。
<<Blue
Rose片桐実也子は前田公昭の弟子だった!>>
そんな見出しで、記事は始まっていた。
今話題のロックバンドBlue
Rose、ベース担当の片桐実也子は、過去、クラシック界の大御所ベーシスト前田公昭の弟子の一人であったということ。Blue
Roseの概要、前田公昭の概要。
なんと写真付き。レストランで前田公昭と実也子が談笑しているところがキャッチされていた。実也子が言うには、先日会ったときのものだという。タイミングが良すぎはしないか?
「思ってたより早かったな」
勿論、呑気にこんなことを言ったのは、実也子の前田との確執がすでに解けているのを知っているからだ。
案の定、実也子はこんなことを言った。
「わー、この写真、よく撮れてると思わない? 前田先生も私もカッコ良く撮れてるよー。あ、先生は元からカッコ良いけど。カラーじゃないのが残念…」
はー、と溜め息をつく。後ろからさらに覗き込んだのは祐輔だ。
「これは芸能誌ですけど、来週には音楽誌…とくにクラシック系がこのニュースで持ち切りになりますよ」
「多分、マスコミが実也子さんのところへも来ますね」
心配そうに言うみゆきの台詞に意見する言葉を発したのは希玖だった。
「あー、でもね、実也さん」
「ん?」
「前田さんからお父さんに連絡あったらしいよ。“ニュースになりますがいいですか”って」
は? と全員が希玖のほうへ振りかえった。
希玖の言う「お父さん」というのは安納鼎───Blue
Roseが所属する事務所の社長である。
「この記事を仕組んだのって、前田さんなんじゃない?」
「えーっ」
平然として言う希玖。実也子は叫んだ。
「なんだ。じゃあ社長は記事になること知ってたわけか」
「でも、先生が直々にバラすなんて、何のメリットがあるのー?」
「…メリットはないけど、きっかけならあったのかも、な」
後ろで圭が呟いて、浩太が頷いた。
「これ。同じく今日発売の「CLASSICO」」
浩太が二冊目の雑誌を差し出した。「CLASSICO」は古典派に重点を置く音楽雑誌である。実也子は定期購読者だが、今号はまだ手にしていないらしい。
「あ。今月号って前田先生の特集だよね。買わなきゃ」
「そう。そのインタビューのここ、読んでみろよ」
「ん? …えーと」
──最近気になる演奏者は?
前田:「(笑いながら)Blue
Roseの片桐実也子、かな」
と、あった。
実也子の表情が自然と緩んだ。
「これは…、兄さんたち怒るなぁ」
と言いながらも、口元がほころんでいる。
想像だが雑誌の特質上、前田のインタビュー(音楽誌)のほうが実也子とのキャッチ(芸能誌)より早いだろう。インタビューに素直に答えてしまってから、どうせなら暴露してしまおうと前田が手を回したのか。それとも、もともと芸能週刊誌を利用するつもりでインタビューに答えたのか。
どちらにしても前田が裏で動いていたのは、安納への電話の件からも明らかだ。
「どーせ社長は、いい宣伝だとでも思ってるんだろ?」
安納が素直にこの記事を出させたことに、浩太が穿ったことを言った。
「あはは、僕もそー思うよ」
とは安納社長の息子・希玖の言。
実也子は暴れてはいないものの精神的にはしゃいでいるのは一目瞭然。いつかはバレる、とハラハラしていたものが解消されたのだ。しかもそれが前田の仕業と分かった。嬉しいのかもしれない。
「あと実也子さん、訊きたいんですけど…ここ」
「え?」
祐輔がインタビュー記事の続きを指差した。
──尊敬する音楽家は?
前田:「元RIZ、加賀見康男」
「これって、実也子さんが言ってた人ですよね?」
「あれ? 確か、加賀見って人が尊敬する人が前田公昭じゃなかったっけ? だから前田公昭に弟子入りしたって、ミヤが…」
祐輔と圭が疑問の声をあげる。
「…」
実也子はというと、そのインタビュー記事を読んで、真顔に戻り微笑んだ。
実也子が前田公昭に弟子入りしたのは、圭が言う通り前田は加賀見の尊敬する人物だったからだ。そしてこの記事を読むと、ちょうど逆で加賀見は前田の尊敬する人物でもある。
「…うん。元々、加賀見さんと前田先生って同窓生だったらしいの。お互いがお互いを尊敬してるって公言するのは、昔からの悪友同士の約束事だって、前田先生言ってた」
「じゃあ実也子さん、この加賀見康男という人に会える機会もあったんじゃないですか?」
その質問に、実也子は苦笑いした。
「あー…うん。昔、加賀見さんを紹介してくださるってゆー話もあったんだけど、…丁度その頃、加賀見さんが亡くなられて…。前田先生の前じゃ、RIZのことも言えなくなっちゃったんだ」
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キ/BR/知巳