キ/BR/知巳
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「男三人で、なーにやってんのよぉ」
喫茶店での大物ベーシスト二人(と、知己)の会談中、割り込んだ声があった。
ブリーチした金髪、足首までのワンピースを着た年配の女性が立っていた。よく知っている人物だった。
「ほら、お姫様がいらっしゃった」
ヤスは肩を竦めて笑う。前田は軽く手を振った。
「久しぶり、リズ」
「お久しぶりね、前田くん。いっつも康男の我が儘に付き合ってもらっちゃって悪いわね」
知己の隣に腰を下ろし、眉をへの字にした笑顔を見せた。
彼女の名前はリズという。仕事仲間である知己さえ、彼女の名字も本名も知らなかった。年齢はヤスと同じ。
リズは知己に視線をやって言った。
「知己も呼び出されたの?」
「ああ」
「康男、今日は久々のオフじゃない。休日を潰させちゃ可哀相よ」
「いーんだよ。こいつ、休みって言っても趣味がなけりゃあ女もいないし。出かけるとしても、どーせ楽器屋でも覗き行こうとしてたんだろぉ?」
これも、実は図星だが肯定はしないでおく。
リズがくすくすと声をたてて笑った。
「そんなこと言っていいのかしら? 恭二が地元で腕のいいドラマー見つけた≠チて連絡よこしてきた時、すぐに新潟へ向かって、知己を口説き落としてきたのは康男じゃない」
「そうだよ、ヤス」
「おまえが言うな」
「痛っ」
デコピンを食らわされた。
リズと前田は顔を見合わせて笑っていた。
五年前。
すでにプロとして活躍していたヤスとリズは(その頃から二人は付き合っていた)、新たなバンドを結成する為にメンバーを集めていた。後に石川恭二らベテランプレイヤーを仲間に入れ、そしてただ一人、全くのアマチュアである知己を参加させた。
ヤス自ら知己の前に現われた。知己は一週間ほど悩んでそれを承諾し、当時三年目だった大学をやめた。担当教師に理由を問われ、知己はただ一言、「就職します」と答えた。
前田公昭がクラシック・ベーシストとして活躍している一方、ヤス───加賀見康男は、ジャズ・ベーシスト。都内のライブハウスやクラブを点々としているジャズバンド「RIZ」のリーダー。
「RIZ」。ウッドベースの加賀見康男を筆頭に、ソプラノボーカルのリズ、ジャズピアノの石川恭二、サックスの小松省吾、パーカッション兼ヴァイオリン兼コーラスの高橋次郎、ドラムの長壁知己、以上六名で構成されている。
東京のレコード会社から数枚CDを発表したものの、例に漏れずブルーノートに立つことを目指していた。(ブルーノートとはアメリカの名門レーベル。世界中のジャズプレイヤーの注目)
でも、その夢も潰えた。
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キ/BR/知巳