キ/BR/圭
≪5/8≫
BlueRoseの5人はこの夏からマンション暮らしを始めた。全員、部屋を捜すのを面倒臭がったので、結局事務所から紹介されたマンションに別々に部屋を借りている。
その際、知巳のところだけ部屋数が多い物件を借りた。それはこうして全員が集まれるようにだ。
「実也子でーす、入りまーす」
実也子が知巳の部屋の玄関を開けると、メンバーの他3人と、それから叶みゆきが来ていた。
「かのんちゃん…!」
小走りで駆け寄る実也子に気付いたみゆきはちょこんと頭を下げた。
「実也子さん、こんにちは」
「社長、何か言ってた?」
「ええ、今回のことは仕方ないって言ってました。5月からこっちハードなスケジュールでしたから、疲れが出たんだろうって」
「嘘くせー。あの社長、そんなタマじゃねーだろ」
組んだ足の上で雑誌を広げている浩太が冷やかした。
「まぁ、鵜呑みはできませんね。…かのんさん、それから?」
祐輔が先を促した。
「あっ、はい。今はマネージャーさんがスケジュール調整してます。取り急ぎ3日、どうにかなりそうですって。他の皆さんは雑誌関係がいくつかあるみたいです、あと希玖が次の曲をあげてきたのでこの機会に撮り始めましょう。マスコミはそれで深追いしてこないと思います」
BlueRoseが次々と仕事をキャンセルしていることはマスコミにも容易に伝わってしまう。圭が倒れたなんてわかったらマスコミはまた騒ぎを起こすだろうし、それは事務所にとってもなにより圭にとっても本意ではない。それならいっそのこと急な仕事を作ってしまおうという魂胆だ。
「実也子、圭の様子は?」
「ん、さっき目が覚めた。まだ熱が高くて…頭痛が酷いみたい。ごはん食べて、今は寝てる…と思う。───私がいると、圭ちゃんに気を遣わせちゃうみたい」
何もできない自分を責めるように実也子が声を震わせてうつむく。知巳は溜め息をついてその頭を撫でた。
そして祐輔が言う。
「まぁ圭の性格からして自分の体調不良を他人に見られたくないでしょうね。気にすること無いですよ、実也子さん」
「圭ちゃんたら、“喉にこなくてよかった”なんて本気で安心してた。…それは分かるんだけど! 圭ちゃんってなんか…価値観ズレてるとこない? ラジオで言ってた“プロ根性がある”っていうのとはちょっと違う気がするの。うまく言えないけど…」
実也子が言葉に詰まると横から割り込む声があった。
「もともとあいつ、そういうところあるじゃん」
「中野…?」
浩太は膝の上で雑誌をめくりながらさらりと言った。
「自分の中で価値があるのは声だけだと思ってる」
しん、と室内が静まる。
「…あー、…そういうところ、ある、かな」と知巳。
「どうしたの中野、今日冴えてるじゃん」
「どういう意味だ!」
実也子と浩太が騒ぎ始めたのを収めるために、祐輔は口を挟んだ。
「そういえば今朝、圭の実家に連絡したんですけど…」
「あー、あの楽しい親父さん?」
浩太が思い出し笑いをした。
BlueRoseが再結成されたとき、全員の実家へ全員で挨拶に回った。なのでお互いの家族とは一通り面識がある。
「何て言ってた?」
「『一度倒れたら大丈夫。恥ずかしくて治るまで出てこないから』───と言ってました」
「あはは、さすが圭ちゃんのお父さん」
たまらず実也子は笑い出した。
「あいつの性格、よく解ってるなぁ」
「あ、それともうひとつ」
祐輔はさらに付け加えた。
「『家内をそっちに向かわせますので、圭が許すようなら会わせてやってください』」
「は…?」「え、それって小林くんのお母さん、ってことですよね?」
浩太とみゆきは顔を上げてそれぞれ質問になりきらない言葉を返す。
「確か皆で挨拶に行ったときは、不在でしたよね」
圭の実家は愛知県名古屋市内、父親は小さいレコード屋を営んでいる。全員で挨拶に行ったときも営業日で忙しそうに動き回っていた。そのとき圭の母親を見ることはなかった。
「俺、圭って母親いないのかと思ってた。親父さんの話はたまに出てくるけど、母親のことあいつから聞いたことないぜ?」
「あ、実は私もそう思ってたから圭ちゃんには聞かないでいたんだけど」
「でも来るってことですよね」
ぴんぽーん
「わぁ!」
あまりのタイミングの良さに実也子が声をあげた。
「え? まさか本当に本人?」
「びっくりしたぁ…」
知巳はインターフォンに応じるために部屋を横切った。オートロックなので来客はまだエントランスの外だ。
いくつかの言葉を交わし合った後、知巳は向き直って言った。
「小林圭の母親、だってさ」
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キ/BR/圭