キ/BR/Lの歌
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3.
「あ───っ!!!」
突然、大声を出した私に、運転席の彼は両手で耳を塞いだ。信号待ち中だったのでそれもできたことだ。
「なんだ、突然大声出して…」
抗議してくる彼を無視して私はさらに叫ぶ。
「ラジオ!」
「は?」
「ラジオつけて、早く」
助手席からコンソールボードに手を伸ばすけど、ボタンが多くて全然わからない。あたふたしてる私を見かねて、彼は指ひとつでラジオをつけてみせた。
「なんなんだ?」
「今日は森村久利子が出るんだよ!」
午後11時。この時間までには余裕で帰れると思ってタイマーをかけてこなかったのだ。涙が出るくらいの失態だけど、どうにか間に合ってセーフ、結果オーライとする。
それから30分間、私は一言も喋らないでラジオに耳を傾けていた。彼も気を遣ってくれて、その間、話しかけてこなかった。
「ふいぃぃ〜」
と、私は盛大な溜め息を吐いた。番組は終了して車ディーラーのCMが流れていた。
「…森村久利子の喋り声って初めて聴いたぁ」
思わず口に出てしまう。想像していたより年配の人の喋り方だったように思う。気さくに喋って、くったく無く笑う。(こんな人だったんだぁ)かなりフツーの人っぽい印象。
「いい声だな」
「ね」
彼の呟きに短く答える。
「あっと、ライブは来週だからね、忘れないでよ」
しかもさっきラジオで「ビッグゲストを紹介する」と予告されていた初日のチケットだ。思わずガッツポーズをとってしまうくらい嬉しい。それなのに、
「…忘れてた」
という彼の声。
「むっかーっ! BlueRoseに付き合う代わりに、こっちにも付き合うって約束でしょ!? まさか予定入れたりしてないでしょーねッ」
「こらっ、揺らすな、運転中!」
BlueRoseはかつてB.R.という正体不明のバンドだった。その時節、「B.R.のボーカルはぜったい女だ!」と自信満々に言い張っていたこの男。結局、ボーカルは男だと判った今もファンをやっている。
私はというと、BlueRoseのファンと公言することはできなくなっていた。何故だろう。もちろん嫌いじゃない。けど、だからといって無条件に好きと騒げるほど舞い上がることもできない。
───ずっと幼い頃から、好きな歌唄いがいた。それがいきなりテレビの中で唄い始めてもピンとこない。
複雑なのだ。
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キ/BR/Lの歌