キ/BR/PRE
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東京都**区─────。
「よ。もう来てたのか」
七月最後の土曜日、待ち合わせに遅れたにもかかわらず悠々と現れたのは十三歳の小林圭だった。
待ち合わせは夕方六時。場所は歓楽街、の少し外れた場所。まぁ健全な飲み屋街だが、夜になると決して安全とは言えない街だった。まして中学生が出歩く場所ではない。
「よーお、圭。とうとう、お互い中学生になったなー」
高居竜也、他二名は圭の登場を迎えた。
小林圭は生っ粋の名古屋市民で、毎年夏休みになると東京の祖父の家へ遊びに来ている。東京に住む竜也は五年前から夏休みの遊び友達だった。今年、二人揃って中学生になったわけだが、やはり一年ぶりに会う友人は少し変わっていた。色の薄い短髪を立てて、耳にはピアス。
久しぶりに会う友人の変貌にも圭は驚かなかった。
(待ち合わせ場所、指定されたときから予測してたからなぁ)
圭の地元にも、この手の友人は結構いる。中学生になったからって、派手に遊び始める人種。そんな奴らとの付き合い方は知ってる。
中学生らしからぬ冷めた瞳で"友人"を眺めてしまう。圭はそんな自分を、しっかり自覚していた。
「竜也ぁ、店、行こうぜー」
「おー。圭も行くだろ?」
センパイとか集まってる場所なんだ、と竜也は言った。
「…いいよ。連れてってよ」
圭は笑って答える。
適度につるんで、決して仲間意識を持たない。客観的になれる立場にいること。これが重要。
圭の前を歩く三人が、慣れた手付きで煙草を吸い始めた。
「圭は?」
一本差し出されたが圭は即答した。
「遠慮しとく」
「真面目だねー」
冷やかすように言われたが、別に圭は気にしていない。
「そういうことにしとくよ」
俺の前では吸うな。そう言えるほど親しい仲でもないし。
連れが、ふー、と吐いた煙から顔を背ける。気付かれないようにさり気なく息を止めた。息苦しさに顔をしかめてしまうのは仕方のないことだ。
実は、圭自身も煙草を吸っていた時期がある。中学に入ってすぐの頃だった。誰かとつるんで、なんていうのは趣味じゃないし、そもそも違法行為であることはわかっている。何故吸うのか、と問われるなら圭は、好奇心、と答えるかもしれない。絶対に口にはしないけれど、ストレス解消であることも確かだ。
誰の前でも吸わなかったし、自分の部屋以外には持ち出さなかった。勿論、匂いがつかないように細心の注意を払った。
しかしバレた。
『煙草って、喉、悪くするぞ。肺活量も少なくなるしな』
流石、というか。
父親は圭の性格をよく見抜いていた。事実、その言葉だけで圭はあっさりと喫煙をやめた。
───圭は自分の声≠大切にしている。それこそ、誰にも言わないけれど。
だから、自分が大切にしているものの為なら、何かをやめるなんて、とても簡単なことなんだ。
「タツ。俺、ちょい寄り道。ケータイで連絡するから、先、行っててくれ」
「おう、たまに補導員いるからな。気を付けろよ」
「わーってる」
竜也たちから離れたのは煙草の匂いのせいだけじゃない。圭が東京へ来る度に寄っている場所がすぐ近くなので、ついでに行ってみようと思ったのだ。街中の一画、素人バンドの路上演奏のメッカがこの辺りだった。しかし、その場所へ向かおうとした圭の足を止めたものがあった。
突然、耳に入ってきた。
通り沿いの、店内に流れる曲。
(……有線?
…じゃ、ないよな)
父親の職業柄、自宅に有線が引かれている小林宅。結構チェックしているにも関わらず、今流れているのは聞き覚えの無い曲だった。
打ち込みの、…完成率が決して高いとは言えない、まるでデモのようなインスト曲。
(…誰だ?)
無意識に立ち止まった足はなかなか動いてはくれなかった。
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