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 東京都**区─────。

「今流れてる曲、誰の何ていう曲?」
 七月末日、ギターを背負ったままカウンターに突進してきたのは十六歳の中野浩太だった。
 「PREDAWN」店長・筧稔は、カウンターを陣取る年配層の間から高校生が顔を覗かせたことに少なからず驚いた。そう、少なからず。
「…浩太。高校生が出入りする時間じゃねーぞ」
 顔見知りなのだ。店長は、浩太の割り込みに気を取られた周囲の客には苦笑してごまかした。
「コータっ! 何、やってんだよっ。おいてくぞっ!」
 背後からバンドの仲間が声をかけてきたが、浩太は素気なくそれをあしらった。
「先、行ってろ。明日の集合時間、決まったらケータイ入れてくれ」
「おまえも早く帰れっつーの」
 お怒りモードに入った店長の声が頭上から響いた。その声の低さに、浩太は肩をすくめながらも頭をあげる。
「十七時以降は店出入り禁止だって言ったろ。犯罪だぜ」
「酒なんか、飲んでないだろ」
「それでも、だ。さっさと帰んな」
 そう言って店長はカウンターの奥へ引き篭もろうとする。
「わーっ、待てって。この曲、誰の曲? それくらい教えろよ、ケチっ」
 すると。
 店長の肩が震えた。
 くるりと振り返ったその表情は不敵に笑っていた。
「…まさかお前が五人目とはなぁ。しかも締め切りギリギリ…」
 そう言いながらも口元がほころぶ。笑いを噛み殺していた。
「なにそれ」
「浩太と同じことを尋ねてきた人間が、この三週間で五人いたっていうこと」
 五人。
 多分、このBGMに耳を止めた人間はもっと居ただろう。しかし何の曲かを突き止めようとした人間はたった五人だった。
 その数字が多いのか少ないのか、浩太には分からない。
「浩太、おまえ、ギター始めてどれくらいだっけ?」
「え? ……2年くらいだけど?」
「明日ヒマか?」
「……? まあ、夏休みだし」
 意図が分からず答える浩太に、店長は一枚の名刺大の紙切れを手渡した。
「八月一日───つまり明日、午前十時にこの場所へ行ってみな。そうしたら教えてもらえるさ」
 はあ? と浩太は眉をしかめた。ただ、先程流れていたBGMが何なのか尋ねただけじゃないか。それこそ、デッキからCDを取り出して、見せてくれるだけで済むことなのに。
「なんだよ、それ。店長、知ってるんじゃないの?」
「俺も教えてもらえないのさ。……さぁ、用が済んだらさっさと帰れ。夜遊びを覚えるなんざ五年早ぇぞ」
 店長はさっさと仕事へ戻ってしまった。浩太もこれ以上は聞き出せないだろうと悟る。
 店長から手渡された紙には、「八月一日午前十時」という殴り書きの文字と、住所と建物の名前、それから「第三四会議室」と書かれていた。
(一体、何なんだ…)
 混乱する浩太に、店長は最後にさらに訳の分からない言葉を言った。
「あ、そうそう。その名刺の場所へは楽器、持っていけよ」
「はぁ? 何で?」
「もう一つ、条件がある。このことは誰にも言うな。わかったな」
「だから何でっ」
 浩太の更なる疑問は周囲の喧燥に掻き消され、店長には届かなかった。
 店長も仕事が忙しそうだし。
(しょうがない、…帰るか)
 溜め息を一つ吐いた後、浩太は踵を返した。
 ドンっ
「あ、悪ぃ」
 誰かにぶつかった。こちらの落ち度だったので浩太は素直に謝った。
「いえ、こちらこそ」
 浩太とぶつかったと思われる人物、眼鏡をかけた少女が反射的に頭を下げていた。
 中学生くらい…に見えるのは浩太の観察力が足りないせいだろうが、飾り気のない服装が場にそぐわないように思えた。
 二人の会話はたったそれだけで、少女は慣れない所でおどおどするように店の奥に入っていった。

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