キ/GM/01-10/03
≪4/5≫
健太郎が部活の幽霊を決めたのは、こっちの生活のほうがおもしろいからだ。この場合おもしろいのは、主に仕事よりその人間及び人間関係である。個性的であるだけでなく、謎が多い背景を持つ。興味を持っても不思議ではないだろう。
しかし、無断でメンバーのプライベートを探るのは禁じられていた。
『とくに木崎くん。あなたは調べる手段と才能を持ち得ているわけだしね。それを行使するのもルール違反よ』
と、阿達史緒は言う。そう釘を刺されたからには、これからここに居る為にも、うかつに調べるわけにもいかなかった。
無断で調べるなと言うのなら、直接尋ねるのは構わないのだろう。健太郎はそういう結論に達した。とりあえず聞き出せるものは知っておきたい。
健太郎から見て阿達史緒という人間は、落ち着きのあるしっかり者で、OLのような笑顔と丁寧な対応で依頼人の受けもいい。祥子以外のメンバーとはうまくやっているように見える。健太郎には、何故祥子が史緒を嫌うのかわからないのだ。しかも他のメンバー達は、二人の仲を納得したうえで、あえて口出しをしない。それがどうもよくわからない。
「あんた、目が悪いんじゃないの? あれのどこが笑顔よ」
「は?」
「あえて良い言い方をするなら、外ヅラがいいって言うのよ。あれは」
まったく呆れるわ、と祥子は言ったが、呆れるのではなく怒っているということは目に見えて分かった。良い言い方を例に出したのは、祥子なりに史緒に気を使った・・・というわけでもなさそうだった。
「・・・・」
それなら悪い言い方はどんな言葉になるのだろう。今この状況で、祥子にそれを尋ねるのは火に油を注ぐようなものだ。それを察し、健太郎は大人しくカップに口をつける。
「とにかく、あの無神経無表情、何考えてるのかわからないところが腹たつの」
おや? と健太郎は思う。
A.co.に集うメンバーは皆、何らかの特異な特技を持つ。健太郎もそのように説明されている。七瀬司はその耳の良さ。関谷篤志は運動神経。しかし健太郎は全員の特技をいちいち聞かされたわけではなかった。
三高祥子のそれも今まで知る機会がなかったが、健太郎は何となく、本当に何となく、もしかして・・・というくらいに推理を働かせて、それに納得していた。
だから先程の祥子の言葉に違和感を感じたのだ。
「祥子って、そーいうの分かるんじゃなかったっけ?」
途端、祥子の表情が陰った。
「・・・何であんたが知ってるの」
祥子の言葉の意味を理解するのに、健太郎は5秒必要だった。そしてようやく、どうして健太郎が祥子のちからのことを知っているのか、と尋ねられたことに気づく。
「いや、だから何となく。鋭い奴なんだなー、と」
「それで?」
「“それで”って?」
「・・・・」
質問の意味がわからない健太郎を見やり、祥子は深い溜め息をついた。
(どうして・・・?)
阿達史緒の所へ集まる人間は、何故祥子のちからを、ごく簡単に受け止められるのだろう。
確かに、思考が読めるとか、そういうわけではないのだから、あまり驚くことではないのかもしれない。しかし喜怒哀楽、そしてそれより複雑な感情、それらを見抜かれるのは、気持ちの良いものではないだろうに。
全く気にしない人間がここ一ヶ所に集まったのが、阿達史緒の人を見る目のおかげだとは、祥子は素直に認めたくなかった。
「おい、さっきの疑問。史緒のそういうのも分かるんじゃないのか?」
本当に全く気にしてない様子で健太郎が言う。祥子は健太郎のその態度にに本気で呆れながら、
「万能じゃないの。あまり動揺しない人からは読み取れないのよ。史緒は心の中までポーカーフェイスなの。顔は笑っててもね」
と言った。その言葉は少しだけ、史緒への怒りを取り戻していた。
「・・・へぇ」
祥子の、史緒への感情に、健太郎が気付くのは、もう少し先のことになる。
さっきも言った通り、祥子は史緒の外面の良さに怒っているのだ。それを自分たちの前でも崩さないことに、本音を顔に出さないことに、腹を立てているのだった。
その時。
「じゃじゃーん」
突然二人の耳を突いたのは、効果音では無く、聞き慣れた肉声。
場が静まったのは一瞬だった。
祥子はその声の主を認めると、目を細めて笑った。
両手を大きく広げて明るい声をかけたのは・・・川口蘭である。いつのまにかテーブルのすぐ隣りに立っていた。
「蘭」
祥子は腰をずらし、蘭に席を譲る。
「事務所に行ったら篤志さんいなかったんで、散歩してたら祥子さんと健さんがお茶してるのが見えたから、ご一緒させてもらおうと思って」
蘭は一礼して、祥子の隣りに座る。健太郎はというと、まだ蘭のペースに慣れないのか、その登場のしかたに頭を抱えていた。
「・・・どーいう奴だ、おまえは」
「やだなー、健さん。どこにでもいる中学生じゃないですか」
からからと笑う。
カウンターで頼んであったのか、蘭の前にミルクティーが運ばれてきた。それをおいしそうに口に含む。
「で? 何の話をしてたんです?」
「皆の特技の話」
祥子が答えた。健太郎が派手に頷くと、蘭は納得したように言う。
「健さんが全員のを知る機会って、今までありませんでしたもんね。極端に出番が少ない人もいるし、特に三佳さんとか・・・」
「そう! あのガキって何者っ?」
びしっと指を差し、健太郎は身を乗り出した。
島田三佳。阿達史緒とともに事務所と同じ建物の中で暮らしている。メンバーのうちで、比べるまでもなく最年少。
「事務所で働いてる・・・・んだよな、史緒の妹とかじゃなくて」
「・・・三佳のことあなどると、痛いめにあうわよ」
と祥子は言った。
「学校、行ってるのか? あいつ」
「一応、近くの小学校に籍は置いてるらしいです。通っているのを見たことは一度もないですけど」
「日本の義務教育には飛び級制度がないから」
そうそう、と蘭と祥子は二人で頷き合っている。その意味がわかるはずもなく、健太郎は、は? と聞き返した。
「三佳は頭いいわよ。特に化学なら、私たちよりはるかにね」
「うそっ」
確かに態度は偉そうだし、いちいち横やりを入れてくるし、饒舌で毒舌で子供にしては言葉を知ってるし生意気だ。それでも何か、健太郎は年上としての優越感を誇示していたかったのに、知能でも負けるとは・・・。島田三佳、末恐ろしい子供である。
「司さんと仲良しですよね」
「・・・私はあの二人が組んでると、仲が良いっていうより、何か結託している気がする・・・」
蘭のお気楽な発言に、祥子は苦笑いを返した。
「司は、耳がいいんだよな」
「そう。・・・私の特質があのメンバーの中にいてあまり目立たないのは、司がいるおかげでもあるのよ」
「どういうこと?」
祥子のちからが目立たないのは、司がいるせいだとは。二人の特技は全く違うもののようだけど。
「なんて言うか・・・、司は表情は読み取れなくても、その人の声だけで感情を見抜けるの。普段聞き慣れている人の声だったら、なおさら。目はぜんぜん見えてないはずなのに、時々ぎくっとするようなこと言うし」
「焦りますよねー、あれは」
祥子に同じく思い当る節があるのか、蘭が同調する。
表情からではないぶん、ごまかしは通用しない。司は声とちょっとした仕草による微音で、相手の感情を読み取る。慣れない人間は、まるで心を見透かされたような感じに陥るのだ。
健太郎はようやく、司のおかげで祥子自身のちからは目立たない、という発言を理解した。
(どーして、そういう人間が集まるのかな、あそこには)
阿達史緒を中心に、どんな理由からA.co.が設立され、どんな経緯でこれだけの人員が集められたのか、健太郎は知らない。そして初めに教えられた組織関係も詳しいことは知らされていない。
その隠された部分が、おもしろくもあるのだが。
「あたしですか? ・・・えーと、例えばあたしと健さんが力ずくで喧嘩をするとしますね。そうしたら、あたしが勝ちますよ」
ふと思い立って、健太郎が質問すると、蘭の自慢でも自惚れでも、はたまた謙遜も優越感も含まれていない答えが、彼女のいつもの調子で返ってきた。
隣りで祥子が頷く。健太郎は耳を疑った。
「・・・へ?」
「あたしの親がそーいうのを仕込むのが好きな人で、昔からいろいろやってたんです。実戦的じゃないけど、8割がた、勝つ自信はあります。さすがに篤志さんにはかないませんけどね」
からっと明るくこんな風に真正面から言い切られると、どうもこの人物に対する見方を改めなければならない気になる。
芯が強いのだろう。ただ明るく賑やかなだけではない。のかもしれない。
「あ、篤志さんだっ!!」
「えっ!?」
蘭の歓喜の声に、祥子と健太郎は同時に振り向いた。
見るとその通り、篤志がドアを抜けて、こちらのボックスに早足でやってきた。長髪をきっちり結んでいるところはいつもと変わらない。
「こんにちはっ、篤志さん」
「よお。・・・事務所に行ったら史緒がここに行けって言うから」
「史緒さんっ、あたしの為にっ」
蘭は両手の指を組んで、史緒への感謝の言葉を口にする。芝居がかった仕草ではあるが、蘭は本気だ。
それをなだめるように篤志が口を開く。
「そうそう、祥子」
「え? 何?」
「史緒からの伝言、仕事、だってさ」
篤志はさっきまた、史緒と祥子が一戦やっていたことを知らないので、何気なく言う。
それに篤志の言葉から、史緒は祥子がここにいること────祥子の行動を見抜いていたことがわかる。
健太郎は祥子のキレる音が聞こえたようなきがした。
「一番腹立つのは、人を怒らせておいて、謝らないで笑って話し掛けるところよっ! もうっ!」
祥子はそう叫び、それでも会計を済ませた後、事務所のほうへ向かって行った。
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