キ/GM/11-20/11
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タクシーで目的地へ着く十分前、慎也は祥子の携帯電話のメモリを拝借して電話をかけた。
リダイアル一件目。液晶表示は「A.CO.」。(会社名…?)と不安になりつつも。
事情説明をしたところ「十五分間待っててください」と言った女性は、慎也たちがタクシーで到着すると既に祥子のアパートの前で待っていた。近くに住んでいるのだろうか。
白いストールをかけて、ここまで走ってきたのか息が上がっていた。女性は阿達と名乗った。そしてもう一人、背の高い20代半ばの男性が隣に立っていた。
「みっともない…」
阿達の第一声がこれだ。
阿達───史緒はタクシーの中で酔い潰れて寝てしまっている祥子を一瞥し、苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「篤志、祥子を部屋に転がしておいて。後は私が面倒見るから。合鍵はこれ」
「はいはい」
篤志、と呼ばれた青年は、史緒の心情を察しつつも──いや、察しているからこそ、必死で笑いを堪えている。タクシーの反対側へ周るとドアを開け、ひょいと祥子を抱え上げた。祥子の意識は完全に無く、微かな寝息を立てていた。
「じゃあ、こいつ、持ってくな」
「ええ。お願い」
篤志は祥子を抱きかかえたまま、すぐそこのアパートの階段を上っていった。あの様子だと祥子の部屋もちゃんと分かっているのかもしれない。
その後ろ姿に少しの嫉妬を感じたことを、慎也は自覚した。
史緒は待たせていたタクシーのドアから顔を突っ込んで、
「いくらですか?」
と、運転手に訊いた
「あ、俺が…」
祥子をタクシーで勝手にここまで乗せてきたのは自分だ。慎也が言いかけると、慎み深く笑った。
「いいえ。払わせてください。祥子を送ってくれてありがとうございました」
祥子と同年代に見える彼女だが、祥子とは違い、年季の入った完璧な対外用スマイルだった。
「日阪さん…だったかしら。少しお話したいんだけど、時間あります?」
「ああ」
「祥子と付き合い長いんですか?」
「いや、知り合って半月くらい」
「どんな付き合い?」
「ふつーの友達付き合い。…もしかして俺、尋問されてる?」
まさか、と史緒は笑顔を見せたが、それは否定の言葉になるのだろうか。
それから史緒は、日阪と祥子が出会った馴れ初めと、今日祥子が潰れるまでの経緯を訊いた。
祥子がアルコールに弱いわけじゃないことは二人とも承知していて、慎也は今日祥子がこんな風に潰れるまでに至ったことに心覚えがないことを、史緒に伝えた。
史緒は少しの間、考え込んでいた。
「あの、ほんとに俺は、何もしてないから」
疑われてるのかもしれないと心配になった慎也は言い訳がましいことを言った。
「祥子にホレた?」
「はあっ? …えっ、いや」
突然、直球で言い当てられて、慎也は慌てた。その反応を見て、史緒は笑う。
「顔はいいけど意固地で不器用。人見知りが激しく付き合い方を知らないくせに気が強いし…」
「史緒が言っても参考にはならないな。大体は合ってるけど」
戻ってきた篤志が横ヤリを入れる。慎也は知らないけど、普段の二人の生活を知る者なら、史緒による祥子の見解が一番アテにならないのは誰でも分かる事実だ。
とにかく、と史緒は篤志の横ヤリを打ち消すように声を強めた。
だって日阪は、祥子のことをまだ何も分かっていないのだ。
「あの子と付き合うのは、苦労しますよ」
微笑を浮かべて言った。同情や哀れみではなく、慎也を挑発するような───力量を期待するような言い方だった。単に牽制されているのだろうか。慎也は史緒に尋ねた。
「三高…さんと俺が親しくなるのが反対? それとも心配?」
「心配なんかしません。祥子はあれでも人を見るちからだけはありますから。彼女が信頼した人間なら、私は安心です。反対もしません。いえ、応援しますよ。いい加減、恋人の一人でも作ってくれないと将来心配だし」
しみじみと語る史緒はどうみても祥子と同年代にしか見えないが、まるで保護者のような口を利く。
一体、どういう関係なんだろう。
それが素直に顔に出たのか、史緒はにっこり笑うと慎也に紙片を差し出した。
「一応渡しておきます。私の名刺」
「あ、どうも。…A.CO.? …所長っ?」
その肩書きに慎也は驚いた。目の前に立つ、この二十代前半の女性が、一つの会社を背負っているというのか。
「ええ。…彼と、三高祥子は所員です」
「何やってる会社なの?」
「それは次の機会にでも」
祥子が言っていた、「本屋とは別に本業を持っている」と言っていたことを思い出した。
「───お引き止めして申し訳ありませんでした。ここからの最寄り駅は浜松町で、この道を10分くらいです」
「どうも。…あ、三高は」
「後は私が面倒見ますから安心してください。今日は本当にありがとうございました」
史緒は頭を下げて慎也を見送った。
JR山手線浜松町駅。切符を買って、ホームで電車待ちをしているとき、慎也は考え込んでいた。
(……)
タクシーに揺られてこっちへ向かう途中。隣で微かな寝息をたてていた祥子の。
祥子の寝言を、慎也は聞いたような気がした。
ごめん─────、と。ただ一言。
彼女は何に、───誰に、謝りたかったのだろう。
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