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月曜館は、A.CO.の事務所から徒歩2分の喫茶店で、メンバーたちは一人又は複数でこの店に入り浸ることが多い。5年来のご近所付き合いが高じて、店のマスターとはすでに顔馴染み、それぞれの好みのメニューも暗記されてしまっていた。
A.CO.の全員がこの店に集まり、打ち合わせをすることもある。勿論、職業柄、事務所を出たら口にできない仕事内容もあるけれど、簡単なミーティングをこの月曜館ですることがあった。
そして今日は土曜日。本来ならA.CO.は休日のはずだが、今、A.CO.の5人が月曜館に集まっていた。
「ごめんなさい、休日に集まってもらっちゃって」
所長の阿達史緒(22歳)は脇に数冊のファイルを抱え、申し訳なさそうに詫びた。テーブルを囲んでいるのは現在5人。あと一人来る予定だが、彼女は遅刻だ。
「別に、暇だしな」
腕と足を組んで雑誌を読んでいるのは木崎健太郎(22歳)。
「そーですよぉ、気にしないでください」
真っ直ぐな明るい声で言うのは川口蘭(20歳)。
「実のところ、休日じゃないと全員集まらないだろ」
苦笑する関谷篤志(26歳)。
「土曜の朝から寝こけてるよりはマシだろう」
そんなこと言っても寝坊することなどない島田三佳(15歳)。
それぞれの言葉に史緒は疑わしげな声を出した。
「……この中で、暇な人っていたっけ?」
健太郎は現在大学4年生、卒論が忙しいはずだ。蘭は難関の国家試験を控えているし、篤志は某企業と掛け持ちで仕事をしているのだ。三佳は中学3年生、高校受験である。
彼らにこっちの仕事を優先しろとは、史緒は決して言ってない。それでもこの多忙な彼らがこうして平然と集まってくることに嬉しいやら呆れるやら。史緒の心中は複雑だ。まあ、人並み以上に要領の良い彼らのことだ、心配は無用だろう。
「今、一番暇なはずの祥子は?」
まだここへ来ていない三高祥子のことを、三佳が尋ねた。
「祥子さん、暇なわけじゃないですよぉ。アルバイト始めたって言ってましたもん」
フォローではなく、本気で蘭が言う。
「バイト? 何だそれ?」
「本屋さんですって。ケンさん、知らなかったんですか?」
「本人、来たみたいだぜ?」
篤志が店の入り口を指差した。なるほど、噂をすれば影、祥子が走って来るところだった。
「遅れてごめん」
息を弾ませたまま、メンバーが集まるテーブルまでやってくると祥子は言った。
「祥子さん、なんか今日おしゃれですねー」
と、めざとく言ったのは蘭だ。
「えっ、そんなことないよ」
ぎくっ、という態度が見えながらも祥子は否定した。
祥子は薄いピンク色の膝丈のワンピースに、白い薄手のジャケットを着ていた。同じくピンク色のヒールサンダル。よく見るとメイクもいつもと違う。
「デートでしょ」
「史緒っ!」
あっさりと横やりを入れる史緒。しかもそれが図星だったものだから、祥子は噛み付いた。
(も〜…)
史緒と篤志は日阪の存在を知っている。半月ほど前、自分が酔いつぶれたりしなければこんなことにはならなかったのに。今、こんな風に皆の前で暴露されることもなかったのに。
あの次の日、祥子は史緒から散々嫌みを言われた。若い女が酔いつぶれて男性に送ってもらうなんてみっともない、など。本当のことなので言い返すこともできず祥子はかなり落ち込んだが、日阪は全く気にしていない様子だったのが救いだった。
祥子と慎也が出会って一月経とうとしていた。
「えっ、何なにっ。祥子さん付き合ってる人いるの? 何で史緒さん知ってるのっ、ずるいっ」
頬をふくらませて蘭は抗議した。そんな素敵な情報を教えてくれないなんて、と言いたいのだ。
「そういえば、蘭とは会うの久しぶりじゃない? かなり」
「うわー、そーですよ。私、最近、仕事サボってますよねぇ」
「蘭は今試験前でしょ。仕事はあげられないわよ」
仕事を渡す立場の史緒は呆れたように言った。
「でも祥子と付き合える男がいるとはねー」
「どういう意味よっ健太郎!」
「べつにー」
祥子の睨みつける視線を健太郎は適当に躱した。
「別に、付き合ってるわけじゃないわ。友達だもん」
「でもでもー、祥子さん、そのヒトのこと好きなんでしょう?」
「…っ」
無邪気に、ストレートすぎる蘭の言葉は祥子だけでなく、他全員の動きをも止めさせた。照れも無くこんなことを言えるのは間違いなく蘭だけだ。祥子の回答に、全員が面白そうに耳を欹てていた。
正直に、祥子は否定したかった。自問してみても「好き」という感情はまだないし、本当に日阪とは良い友達という関係だから。しかし超直球と言える蘭の台詞にたじろいでしまっていた。
けれど近い将来、日阪に好意を寄せる可能性は無くも無い。祥子は、蘭だけにならそう答えたかもしれない。しかしこの状況で(中には笑いを堪えている者もいる)本音を言える程、祥子には羞恥心が無いわけではなかった。
コトン、と、祥子の目の前にアイスティーが置かれた。
「最近、祥子さんが来てくれない理由にはそんなことがあったんですね」
いつのまにか月曜館のマスターがそばに立っていてにっこりと笑った。
この人は客の会話を邪魔するようなことはしないので、もしかしたら祥子のために割って入ったのかもしれない。
「…マスターまでそういうこと言うの」
拗ねる祥子の前に、マスターは笑顔を見せて、ストローとシロップを置いた。一礼してカウンターへと退がって行く。
「じゃあ、祥子もデートなら忙しいだろうから、さっさとやりましょう」
マスターの好意を無にするわけにもいかず、史緒は傍らに置いておいた書類を取り出し、全員に配り始めた。
*
「───じゃ、今言った通り、進行中の仕事の経費伝票は来月切りで処理してください。それから9月末は決算として半年分のデータを総ざらいするから、各担当の報告書及び請求書、伝票など、修正はいまのうちにお願いします。8月末から受ける依頼の全ドキュメントは来期に持ち越し、それ以前の依頼で9末をまたぐ場合は、9月10日までに進捗と工程表を提出すること。…以上です。何か質問は?」
皆、ペンを片手に、史緒の言ったことをメモしている。ペンを紙に走らせる音がやむと、息をつく音がいくつか重なった。
「質問が無いなら、打ち合わせはこれで終わりにします。───解散」
その言葉で、緊張が解けた空気が広がる。書類を整理したり、荷物をまとめたり。この後、月曜館に残り一休みしていく者もいれば、多忙の為すぐに帰る者もいる。
前者に該当する史緒は、顔を向けないまま祥子に言った。
「早く行ったら?」
いちいち突っかかる言い方に祥子は史緒を一睨みして、立ち上がった。
「言われなくても」
「祥子さん、後で、お相手のこと、聞かせてくださいね」
蘭が手を振ると、祥子ははにかんで笑った。
「行ってきます」
その笑顔が、今まで見たことの無いような柔らかな可愛い笑顔で、本人は気付いていないが、皆、驚きの念をもって後ろ姿を見送った。店を出て、歩道を小走りで消えるまで。
「あらあら…」
史緒が呟いた。
「あれは本気ですねー」
と、感心したように蘭。
「完全に浮かれてるな」
無表情で三佳が言った。
帰りかけてきた健太郎と三佳は、もう一度椅子に座り直した。
「…んじゃ、恒例。いつまで続くか賭けるか?」
にやり、と笑って健太郎が言う。
祥子とその相手の男の付き合いがいつまで続くか、ということだ。
これは破局した場合にシャレにならないくらい悪趣味な内容だ。しかし祥子は相手を選ぶのに絶対失敗しないし、あの浮かれようから見てもしばらくは付き合うだろう、という意図が込められている。景気付けというか、前途を祈ってやるようなものである。
「いつまでって言っても、まだ付き合ってるわけじゃないんだろ?」
篤志が言った。
「相手の男のほうは分からないじゃないか。祥子が猫皮はがした時、振られるかもしれないし」
「三佳さん! 幸先悪いこと言わないでくださいよー」
「史緒と篤志は掛け金2倍な」
「え? どうして?」
「相手の男に会ったことあるんだろ? そのファクターは、でかい」
したり顔で健太郎が指をさす。史緒と篤志は顔を見合わせた。
確かに、二人は祥子の相手である日阪慎也と一度だけ会ったことがある。
篤志から視線を外すと、史緒は無表情で言った。
「最後までいく≠ノ、2万円」
周囲が呆然とする中、史緒はマスターを呼んでコーヒーを注文した。
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