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 祥子は初めて、結歌に線香を上げることができた。
 ささやかな仏壇の中央に、思い切り笑ってる結歌の遺影。高校の時のものか、と一瞬祥子は思って、次に苦笑した。写真が高校の時のものなのは当たり前だ、彼女の時間はその時に止まったのだから。
 遺影を見上げ、祥子は目を細めた。
 何もせずに、6年間も過ごしてしまった気がする。
 初めの頃は彼女の死を受け入れられなかった。死因は不明だし、何故、突然G県にいるのか、それまでの経緯が分からない。G県に両親の墓碑があるのは知ってる。しかしそこで死に至ったというのは、どこか不自然ではないだろうか。そんな風に理由を探してばかりいた。
 次に自分を責めた。約束の日、約束の場所へ行かなかったこと。話を聞いてあげられなかったこと。
 それから6年間、何もしなかった。墓参もせず、こうして遺影の前に立つことさえせずに、ただ目を背けていただけで、何もしなかった。そう。このまま忘れていこうなんて思ってたんじゃない?
 このまま時間と共に忘れていけばいいと、思ってたんじゃない?
 そのまま6年も過ぎてしまった。
 そして慎也と出会った。慎也と出会ったことで、今まで目を背けていた結歌のことを、今こうして深く知ろうとしている。
 この思い出と決着を付けようと思うことができたのは、慎也と出会ったおかげだった。
「あの、結歌さんのこと、お聞きしたいんですけど」
 茅子がお茶を出してくれて、そのテーブルに向かい合った時、祥子は切り出した。
「いいわよ。何でも聞いて」
 落ち着いた、優しい笑顔で茅子は笑った。
「結歌さんは初めから東京に住んでたんですか?」
 両親の実家がG県であることは分かっている。ただ結歌が生まれたのが東京かG県か、これは重要な点だ。慎也の言う「中村結歌」は少なくともコンクールに出た7歳まではG県にいたはずだから。
 茅子は首をかしげた。何故、結歌のクラスメイトがこんなことを聞くのだろう、と思ったのかもしれない。でも答えてくれた。
「いいえ。生まれはG県よ。うちの実家はそっちでね。結歌の両親が亡くなって、こっちで働いていた私が、結歌を引き取ったの」
「それはいつ頃でしたか?」
「えーとね。んー……。…ほら、15、6年前に東北で飛行機事故があったの覚えてない?」
「はあ」
 突然何の話? と思った。
 でもピンときた。
 今日、新聞社の縮刷版で見た一面記事。あれは飛行機墜落の報道ではなかったか。
「え…、もしかして87年の…?」
「そう、それ。結歌の両親、あれに乗ってたのよね」
 茅子は影を落として苦笑した。
「87年ってことは、結歌は7歳だったかな。…そう、7歳の時よ、結歌がこっちに来たのは。私が引き取ったの」
「──…」
 結歌は「G県出身」だということだ。
 祥子は諦めにも近い溜め息をついた。
(…あれ?)
 次に全く別のことで閃いたことがあった。
 結歌の両親があの飛行機事故で亡くなっているのだとしたら、それは結歌の最後のコンクールと同じ日だったはずだ。
「え…っ、じゃあ…。あの、もしかしてちょうど同じ日に、中村さんは音楽コンクールに出てたわけですか!?」
 思わず叫んでいた。
 結歌がピアノを弾いていたことをまだ確認していないのに。
 祥子のこの台詞は、全てを認めてしまっている内容だった。
 茅子は驚いたようだった。
「よく知ってるわねぇ。こっちに来てからはピアノの話題を出すだけで不機嫌になってたのに。あの子、自分のピアノの話なんてしたの?」
「…え、ええ。まぁ」
 曖昧に頷く。恐らく、結歌がピアノを弾いていたことなど、クラスの誰一人として知らないだろう。
「そうよ。沙都子さんと智幸は…あ、結歌の両親ね。結歌のコンクールの為に北海道から帰ってくる途中だったのよ。私は結歌のピアノの腕前をよく知らないんだけど、全国大会に出るくらいだったのよね。でもそれもその時までで、こっちに来てからはぷっつりやめちゃった。…やっぱり、両親のことが尾を引いてたのかしら」
 結歌がコンクールで優勝した日。両親は飛行機事故に巻き込まれていた。
 その後、結歌はピアノをやめ、東京へ。
 祥子はその事実を知って愕然とした。
「あ。写真見る? 一枚だけ残ってるのよ」
 茅子が腰を浮かせた。
(写真…?)
 何の?
 茅子はテレビの上の敷物をめくると、一枚の写真を手にとった。
「これよ」
 差し出された写真を、祥子は受け取った。
 古い写真だった。
(ああ…)
 目を瞑った。
 女の子が、トロフィーを抱いて笑う写真だった。それは間違いなく、慎也の部屋のスクラップと同じ少女だった。
 ここにきても1パーセントの疑惑が残っていたが、こうして物証を突きつけられるともう認めるしかない。
 胸から込み上げてくるものがある。
 それは結歌の幼い頃の写真であるにも関わらず。
(また逢えたね)
 そんなことを思った。

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