キ/GM/11-20/12
≪9/14≫
「私は何も知らないわよ」
史緒のその台詞が事実だとしても、史緒は5年前から、少なくとも中村結歌の名前だけは知っていたことになる。その事や、今までそれを黙っていたことには怒りは覚えなかったけど、史緒が結歌の名前を簡単に口にするのは気分が悪かった。
「まだ用件は残ってるわ。座りなさい」
「いちいち命令しないでっ」
それに…そうだ。今、この時期に、祥子にこんな書類を見せるのは、中村結歌の名前を引き合いに出すのは───…祥子が今、結歌について調べているということを、史緒が知っているからではないか。
史緒は今度はA4大の封筒をテーブルの上に置いた。
「そしてこれは、その、中村結歌さんの身辺調査。今日、御薗さんの所から届いたの。2日で結果を出せって要求したから、祥子が最近調べてたことのほうが、もしかしたら詳しいかもしれないわね」
(中村結歌の…身辺調査?)
「史緒っ!! …あんた勝手に何やって…っ」
「言っておくけど、私は読んでないわよ」
しれっと史緒は言った。
は? と祥子は訳が分からなくなった。
「…?」
「あなたにあげる」
史緒にしては歯切れの悪い物言い。こういう時は大抵、何か演出(悪巧み)を狙っているのだ。今までの経験から、祥子はそう直感した。
史緒に対する怒りはおさまってしまった。
「史緒…?」
恐る恐る、聞いてみた。
「実は日阪さんから中村結歌さんについて調べるように依頼されてるの」
「…っ! 日阪さんっ?」
「依頼主への結果報告はあなたに頼むわ。中身をしっかり確認してから、日阪さんに渡して。お願いね。これは正式な仕事よ」
「な…っ」
慎也が自発的にこんな依頼をするはずがない。興信所に頼むなら、もっと昔にやってたはずだ。
じゃあ、史緒が差し向けたわけ? 中村結歌を追っている私たちに、本当のことを教える為に?
それに。
《中身をしっかり確認してから、日阪さんに渡して》
見え透いた気遣い。
私の口から、慎也に事実を知らせる為に。
「史緒…」
「いい加減、ケリつけなさい。…おやすみ」
言うだけ言うと、史緒はそっけなく会話を終わらせて立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
祥子は書類の束を呆然と見つめていた。
しかし。
「待ちなさいよ」
短く、史緒を引き止める声。振り返った史緒に、祥子は不敵な笑みを見せた。
「───私が、あんたの力を借りなきゃ解決できないと思ってた?」
祥子は史緒の視線を捕らえた。短い時間見つめ合う。
史緒は目を細めた。
「思ってたわ」
と、短く答えた。ガクッと祥子は肩を落とす。
「あ…っ、あのねぇ! 私のことどう思ってるわけ?」
「だって今までの祥子じゃ、絶対、彼女のことを自分から調べようとはしなかったもの。───安心して。私の中の祥子の記録もちゃんと書き換えておくから」
つまり、史緒の中で今までの祥子の評価は、自分のことを自分で解決しようとしない人、となっていたわけか。…事実だけど。
「…ぜひ、そうしてよ」
祥子は苦笑しながら、史緒の背中を見送った。
それは厳封してあった。
A4の茶封筒。表には宛先としてA.CO.の住所と阿達史緒の名前。裏には「御薗調査事務所」の社印。手書きで「まりえ」という署名。
もう一つ、「依頼#200307036-YNについて」とあった。
ナンバリングの規則は祥子も知っている。
頭4桁は西暦、続いて2桁は月、続いて3桁はその月の仕事数の通し番号だ。「YN」というのは、多分、中村結歌のことだろう。
封緘方法はきっちり糊付けと三ヵ所の封印。まだ閉じられたまま。史緒が読んでいないと言ったのは嘘ではないらしい。
それに調査に健太郎ではなくわざわざ御薗さんの所に頼んだのは、身内に身内のこと調べさせない為───メンバーのプライベートを探るのは禁止、というルールを守る為だろう。
史緒が持たせてくれてペーパーナイフで封を切り、中身を取り出す。
祥子はベッドの上に仰向けになった。
書類一枚目、左上の写真に懐かしい顔が写っていた。
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