キ/GM/11-20/12
≪11/14≫
2-7
それは単に独白でしかない。
誰に宛てたでもなく、誰に読ませるものでもない。
でも。
残された人間のうち、ただ一人だけ。
祥子だけが分かった。
中村結歌からの、メッセージ。
夕方5時を回っていた。
大分傾いてきているものの、太陽はまだ確認できる位置に浮かんでいる。
夏至はとっくに過ぎたのに、それでもまだ日が延びているような、そんな錯覚に陥るのは何故だろう。
夏至は過ぎても、夏はこれからなのだ。
日阪慎也は三高祥子に電話で呼び出されていた。
電話があったのは4時を少し過ぎた頃。場所を告げただけで、祥子は電話を切った。慎也は先日の、祥子の逃げた理由を問いただしたかったが、その時間は与えられなかった。
指定された場所が慎也の行動範囲外の上、ちょっと遠い。移動に時間を取られていた。
祥子が指定した場所は都心から少し離れた郊外。
都立佐城高等学校。正門前。
祥子はそこに立っていた。
門に背を預け、俯いていた。
そしてやはり慎也が声をかけるより先に、祥子は顔を上げて真っ直ぐにこちらに目をやった。
「日阪さん…。来てくれてありがとう」
眩しそうに笑う。けれどどこかぎこちない笑顔だった。
「それは、いいけど。…」
「こっちに、着いてきてください」
慎也の台詞を打ち消すように強く言って、祥子は背を向けて歩き始めた。校門の中へと。
拒否させない迫力があって、慎也は黙って祥子の後に続く。
校庭には誰もいなかった。夏休みと言え部活動くらいあるかと思ったが人一人いない。校舎の中にも人影は見当たらなかった。
祥子は先をどんどん歩いて、校庭の端を通り、校舎まで近付く。
「どこまで行くんだ?」
「そこの階段から屋上まで昇れるんですよ。ごめんなさい、そこまで付き合ってもらえますか?」
二人は校舎片隅の非常階段を昇った。
すぐ隣に建つ棟はその中がよく見えた。どの部屋も机がずらりと並んでいて、そこが教室だと分かる。こちらの棟とも4階で、4階ぶんの階段を昇って、二人は屋上へと出た。
コンクリートのタイル張りで、かなり広い面積には何も置いてなかった。
そして壮観だった。近くに高い建物が無いので街並みがよく見渡せる。
夕暮れの風が、汗かいた体を通り抜けていった。
祥子は手摺りに手をかけたところで、振り替えって言った。
「ここ、私の母校なんです」
それは慎也も想像がついていた。
「一時期、よく授業をサボってたことがあるんですけど、その時は大抵ここに来てました。隣の校舎で授業をしている教室を眺めたりして。…それに、このすぐ下、音楽室があるんですよ。毎時間、色んな音楽が聞こえてくるんです」
慎也は祥子の言っていることに、何の意味があるのか分からなかった。
当然、祥子にもそれは分かっている。
でも祥子は、胸が詰まりそうなこの既視感を、もう少し味わいたかった。
今、祥子が立っているところには、昔、彼女が立っていた。そして振り返る。慎也が立っているところには、昔、祥子がいたのだ。
「三高」
何か言いたいことがあったのではないか。慎也は促した。
祥子は笑った。慎也に近付いて、一枚の写真を見せた。
「これ。真ん中の子、見て下さい」
それは女子高生が3人並んだ写真だった。それぞれがポーズをつけて、楽しそうな写真だった。
真ん中の女の子は髪が長く、親指を立て、歯を見せて笑っていた。
「誰? 三高じゃないよな」
「6年前だから……97年、かな。私が高校2年の時のクラスメイトです。今日、彼女の家でこの写真を借りてきました」
祥子は中村茅子に無理を言って、茅子の姪が高校生の時の写真を借りてきたのだった。祥子と彼女が共に写っている写真は一枚もないから。
「明るくて、皆からも好かれてて、勉強もできて、…普通の、女子高生でした。音楽が嫌いだって言ってた、音楽の授業はいつもサボってました」
「…?」
慎也は祥子の言いたいことがよく分からない。祥子の元クラスメイトが一体何だと言うのだ。
「音楽が嫌いだって言ってたくせに、授業をサボる時はいつもここにいた。…音楽室から聞こえる音楽に、きっと耳を傾けていた。……」
好きなものを好きと言えない。そんな事情の背景には何があったのか。
祥子は次に言うべき言葉が中々出てこなかった。口が、開かなかった。唇を噛んだ。
「…三高?」
「その子が、中村結歌です」
弾かれたように、言ってしまっていた。
その時ばかりは慎也の顔が見れなくて、祥子は俯いた。
風が通りぬけた。その匂いすら懐かしくて、祥子は泣きたくなった。
「───…え?」
かなりの沈黙の後、慎也は呟いた。
「その写真の真ん中の子が、中村結歌です。日阪さんが探していた、中村結歌です…っ」
「ちょっと、待って。…え? 三高の同級生?」
驚愕。その次に半信。…そして多分、期待。
そんなものが含まれた慎也の声は、祥子を一層苦しめた。
「三高…っ」
慎也の問い掛けがくるのは予測できた。それより素早く、祥子は封筒を慎也の前に差し出した。
「これは史緒から。中村結歌に関する調書です。……読めば分かると思いますけど」
それでも、祥子は自分から言わなければいけなかった。
もう覆すことができない、現実を。
「彼女は亡くなりました。97年の夏に」
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