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 目を見開いて声を出せないでいる慎也に、祥子はさらに用意していた資料を差し出す。
「当時の新聞記事です。…97年、7月のことでした」
 慎也はそれを受け取り、見開いたままの目でそれを読んだ。
「……っ。…そんな馬鹿なっ!」
 それは祥子が今まで聞いたことがない、慎也の吐き捨てる声だった。わなないていた。痛ましかった。
 慎也にとって、中村結歌は16年間探してきた人物で、彼女と再会することは人生の目標とも言えることだったのだから。
 こんな風に、彼女がもう存在しないことを告げられて、絶望にも近い気持ちを抱いたかもしれない。
 祥子も、そんな慎也を目の当たりにするのは本当に辛かった。
 でももう一つ、祥子は言わなければならなかった。
「…彼女はピアノを弾いてませんでした。音楽も嫌いだって、言ってました」
「───まさか」
「中村さんは、ずっと…『何か』を怖がっていた。夏になると特に酷くて…誰にも言わずに、たった一人でそれに怯えていた。すごく苦しんでた。すごくすごく、こっちが息苦しくなるくらいに。…想像でしかありませんが、その『何か』のせいで、中村さんは音楽をやめていたのかもしれない。結局、その正体は、最後まで分かりませんでしたけど」
 祥子はそこで区切って、慎也に聞いてみた。
「…日阪さん。分かります? どうして私が、中村さんのそんな心情を知っていたか」
 顔を歪ませて…今にも泣きそうな表情を、祥子は慎也に向けていた。
「どうして…って。中村結歌が、三高に、打ち明けたんだろう…?」
「この間も言いましたけど、私、ここに通ってた時は、誰とも仲良くしないで、ずっと孤立してたんです。…親しい人なんていなかった。そんな私に、中村さんが相談を持ち掛けるわけないじゃないですか」
 祥子は肩を揺らして失笑していた。右手で顔を押さえ、くすくすと笑いだした。
「じゃあ…」
 祥子は指の間から顔を持ち上げた。低い声が響いた。
「言ったでしょう? 私、勘がいいんだって」
「!」
 慎也はただ素直な驚きを表情に表した。そして次に発する言葉。
「……三高?」
 その声に表れているのは、疑惑。
 祥子は堰を切ったように喋りはじめた。
「史緒が私を雇っているのは、私に特殊な能力があるからです。…私、分かりますよ。日阪さんが、今、どんな気持ちでいるのか。嘘をついても、顔に出さなくても。喜怒哀楽や、もっと複雑な感情…! 小さい頃から、当たり前のようにこのちからはあった! 自分が変なんだって気付いた時から、私は他人と付き合うのをやめました。嘘をつかれるのが恐かった、本心とは裏腹の笑顔を見るのが悲しかった、気付いてない振りをして笑う自分が嫌だった! …───そして何より、このちからがバレたとき、拒絶されるのが怖かったんです。…ちからがバレたとき、私自身を否定されるのが、怖い。…その気持ちが、私を孤独にさせていたんです」
 慎也は、黙って聞いていた。
「史緒は私のちからを利用することで受け入れてくれてる。そんな関係でも私は納得してる。───…わ、…私は、日阪さんと付き合って行きたいと思ってました。でも! 私のことを知ったら、日阪さんは離れていくかもしれない。黙ったまま過ごすことも、できそうに、なかっ…た」
 祥子はとうとう俯いて、泣き始めた。
 そして言った。
「私は日阪さんのことが好きです」
 自然と言葉にすることができた。
「…日阪さんは全くそんな気無いのかもしれない。そして何より、私のことを知って、私を否定して、離れていくかもしれない。…それは仕方ないと思います。最後に、聞いて欲しかったんです。それに───…っ!」
 それに。
 その先を言う前に、祥子は慎也に腕を引かれ、慎也に抱き締められていた。
「───っ」
 咄嗟に離れようとすると、慎也の腕が祥子の肩を押さえてびくともしなかった。
「…日阪さんっ?」
 男の人がこんなに力があるなんて知らなかった。
 目の前に慎也の胸がある。…こんなに他人と近くにいるのは、生まれて初めてだった。暖かかった。
「仕方ないって何だよ」
 耳のすぐ近くで声がした。
「俺のこと好きなら、もっと食い下がれよ。根性無いのな、三高って」
 祥子は慎也の顔を見ようとした。でも慎也の腕の力は緩むことがなく、声しか聞くことができない。
「前に言ってただろ? 勘のよさを役立てられるように心がけてるって。俺は、それを聞いて、三高のこと偉いって思った。役立てられる能力を持ってること、尊敬してた。…どうしてっ、俺が三高から離れてくんだよ」
 抱き締められている腕に、力がこもる。
 祥子の目からまた、涙がこぼれた。
「日阪さん…」
「俺も、祥子のこと、好きだ」



これを吐きだしたら、
きっと、私は私になる

あんたも、素直にきいてあげて。
きこえないふりしないで。
私以外でも、わかるヒトがいるって!

こんど、私のピアノきかせてあげるよ




 私はやっと私になる。これを吐き出すことで、私は「彼」を捨て「中村結歌」になれる。
 殺し続けてきた自分の中に響く音を、受け入れることができたから。それは、…あんたのおかげ。
 だからあんたもちゃんと自分を受け入れてあげて。
 聞こえないふりしないで。
 私たちが聴く、耳にすることができない声。

 素直に聞いてあげて───…。
 あんたを分かる人間は、私以外にもいるから。
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