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 午前8時50分。
「ただいま」
 史緒がA.CO.の事務所へ帰り着く。ドアを開けると、三佳の他に、関谷篤志(21歳)と七瀬司(18歳)がそこに居た。史緒は少しだけ驚いた。驚いたのは、3人がソファに座っていて、史緒が現われると同時に3人が一斉に立ち上がったからだ。
「…どうしたの? 何かあった?」
 コートを脱ぎながら言う史緒に、三佳は詰寄った。
「何かあったのはそっちだろう。一体、何だったんだ?」
「ああ、こっちのこと? 別に、何もないわ」
「史緒っ」
 三佳の質問をはぐらかして、自分の席へと座る。
 三佳と篤志と司、そして史緒がここにいて、今日は平日なので残りのメンバーである三高祥子と川口蘭は学校へ行っているはずだ。
 史緒はいつも通り、まずパソコンの電源を入れた。冷却ファンの音が静かに響き始める。OSが立ち上がるまでは約1分。
 A.CO.のパソコンは、本部のデータベースを見るのに活用されることはない。データベースにアクセスする権限を史緒は持たない。その関連はすべて、御薗真琴を通してまりえに頼んでいるからだ。これはプロバイダを通してインターネットに接続できるようになっている。主な用途は情報集めとメールだった。
 三佳はまだ何か言っていたがそれを無視して、史緒はメールチェックを開始する。メールソフトを立ち上げるとまずパスワードを聞いてくる。パスワードは史緒と篤志しか知らない。それを入力すると、自動的に受信するように設定してある。
 メールは2通来ていた。
 ひとつは桐生院由眞からの定期連絡で、もう一つは國枝藤子の携帯電話からだった。こちらは私用だ。(事務所のアドレスには送るなって言ったのに)そう思っても、藤子は言っても聞かないのでもう諦めている。それにそもそもの原因は、史緒が自分のメールを週一にしかチェックしないことだ。
「史緒、後でしっかり聞き出すから、おまえは早く寝ろ」
 三佳を抑えて、篤志が言った。
「どうして朝から寝なきゃいかないの」
「1時間くらいしか寝てないだろ」
「…」
 何か言いかけて顔を上げると、三佳が不機嫌そうに睨んでいる視線と目が合った。史緒はしばらくその目から視線を離せなくて、結局、白旗を上げることにした。
「コーヒーいれてくれたら、言う」
 上目遣いで甘えるように言うと、三佳はすぐに給湯室へ向かい、トレイにカップを乗せて帰ってきた。この三佳の行動原理は好奇心だろう、きっと。でもそれより複雑な、史緒が深夜出て行ったことの心配や、胸騒ぎ、そういったものも、あったかもしれない。
「…実はね」
 コーヒーを一口飲んでから、史緒は本部に呼び出された理由を話し始めた。
 本部のデータベースに外部からの侵入があったこと。まりえがその犯人追跡を行うなどをかいつまんで話した。
 実は史緒は、本部のことをあまり口にしないようにしている。だから桟宮のことや、会議のやりとりなどは一切説明する気もないし、説明する必要もなかった。
 一通り説明が終わると、司と篤志の疑問点質問点を簡単に答えて、史緒はこの話題を終わりにした。
「篤志、後で話があるの」
「仕事の話か?」
「今は業務時間内よ」
 つまり、プライベートの話なんかしない、と言いたいのだ。篤志は背後の壁の、掛け時計を指差す。
「惜しい。業務時間まで、あと5分ある」
「…仕事の話よ」
 史緒は言い直した。どうやら頭がうまく働いていないようだ。ぼうっとしていることを、史緒は自覚する。
「ごめん。…やっぱり休ませてもらうわ」
「午後イチから打ち合わせ」
「分かってる」
 ほとんど秘書の役もこなしている篤志の確認事項に短く答えて、史緒は部屋を出る。
 階段を昇る。…何か思い出しかけた。
(───…何だっけ)
 何か、今日の会議中に閃きかけたことを、どうしても思い出せないでいる。
(最近、考えていたこと)
(…そう、あの、こと)
 2つの、全く別の事象を、…きっとうまく結び付けることができる気がする。ことわざで言うと一石二鳥。
 でも、今は頭の中が霞んでいて、うまく対処することができない。
(何だっけ)
 今は考えるのはよそう。
 史緒は自室のドアを開くと、気を失うかのように、ベッドへ倒れ込んだ。

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