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 さらに1時間後。
「と、いうことがあったのよ」
 篤志、司、三佳を前に、史緒は一連の出来事をかいつまんで話した。
 時間は9時を回っていた。いつもならとっくに解散になっている頃だが、司と三佳は2人を待っていて、そして篤志は史緒の言動が気になっており、それを事務所に帰り着いてから尋ねたのでこういう状況になっていた。
 史緒の話の途中、3人の反応はそれぞれだったが、史緒が体験したことの内容は理解してくれたらしい。一番初めに口を開いたのは篤志だった。それは多分、3人の共通の意見だったに違いない。
「───…で? 史緒の気になっている部分というのは、どこなんだ?」
 三佳は頭を縦に振り、篤志の言葉に同意を示した。
 街中で高校生に話し掛けられた。ただそれだけのことに、史緒は何を気にしているのだろう。
 一方、史緒のほうも巧く伝えられるとは思っていなかった。
「その子の言動よ。どう思う?」
「どう思うって言われても、なぁ」
 肩をすくめる篤志。合い向かいに座る司は少しの沈黙の後に、言った。
「つまり史緒が疑問に思っていることはこういうことだろう。何故、その男の意図を知っていたか、そして史緒がそれを承知していることに驚き、何故逃げ出したのか」
「そうよ」
 要約した司の台詞を、史緒ははっきりと肯定する。
 三佳はつまならそうに片肘をついて頬を乗せた。
「男のほうもあからさまに怪しい奴だったんだろう? そういう奴に絡まれている人間を放っておけないただの世話焼きじゃないのか?」
「あからさま、ってほどでもなかったわ。それに、見るからに怪しい男にひっかかるような馬鹿な女なら、みんな放っておくわよ」
 さすがに司は呆れて一言。
「史緒みたいな思考の人ばかりじゃないよ」
 そして篤志。
「昔、その店で利用されてた経験がある女子高生、とか」
「そういうタイプでもなかったと思う」
 確かに美人ではあったが、派手なタイプではなかった。どちらかといえば内向的な部類に入るのではないだろうか。それに。
「私が違和感を持ったのはセリフなの。“嫌なことを考えてる、私にはわかる”。これはかなり微妙な言い回しでしょう?」
「それはそうだが…」
 ここで沈黙が生まれた。
 史緒の説明を聞く3人は理解できていないし、だいたい史緒本人が、自分の気持ちをうまくまとめていないのだ。
 史緒は椅子の背に体重をかけて天井を仰いだ。息をつく。
 あの高校生の何がこんなにも気を惹くのか、判らないでもないのだけど。
<どうしてあなたが知ってるの?>
 そう、どうして知っていた?
 何を感じた?
<とても、嫌なことを思ってる。私、わかるの、あなた、騙されてるよ?>
 史緒は目をつむる。
(……やっぱり)
 どう考えてもあの発言は変だ。おかしい。おせっかい。あの必死さは何?
 ひとつ。漠然とした直感がある。
 そう、きっと。
 あの子は普通じゃない。
 この言い方を、あの子は受け入れるだろうか。毛嫌いするだろうか。
 何が普通じゃないのか、うまく説明することもできないのに。
 そんな不確かなものに動かされたくないのに。
 この直感を口にしてしまうのは、浅はかすぎるだろうか。
「…あの子が声をかけたのは、ある種の使命感があると思うのよ、私は」
 と、言葉にしてみる。自分の本音からはかけ離れているわけではないが、あまり正確ではない。
「使命感?」
「日常に転がってる問題でも、本人しか気づかない問題は、本人が解決するしかないってこと」
 微かな笑みをたたえて意味ありげなことを言う史緒に、3人のなかで一番堪え性のない三佳が口を挟んだ。訳が分からない説明を聞いているより、自分から質問したほうが早いと思ったのだろう。
「ちょっと待て。結論として史緒が何を考えてるか聞きたい」
「───」
「質問を変える。史緒はその女をどうしたいんだ?」
 質問を変えてくれても答えにくい質問を三佳はしてくる。またも口を閉ざし、考え込んでしまう。
 でもどんなに考えても答えなんて出てこないような気がする。だって、問いが無いのだから。
 何の答えを探しているのかさえ判らないのに答えを見つけようとするなんて。そんな理論的で無い思考を、自分はしないはずだ。
 どうすればいいのかはちゃんと判ってる。
 知りたければ、その対象をもう一度見ればいいだけ。
「探して会ってみたい」
 ぽつり、と。無表情で史緒が言うと、篤志と三佳は顔を見合わせた。司は軽く肩をすくめた。
「史緒がそう言うなら、僕らに止める権限はないよ」
 と、言う。
 三人の中で、一番史緒にあまいのは司だ。一番付き合いが長いぶん、互いのあまり知られたくない昔話のストックは星の数ほどある。幼い頃の少々複雑ないざこざなどから分析すれば、司が史緒に対してあまり強く言えない性格になっても不思議ではない。司に自覚は無いだろうが、史緒は彼のそういうところが好きではなかった。
 あとの二人はもう少しシビアだ。篤志は史緒の仕事ぶりを静観しているように見えても、歯止めや忠告は惜しまない。三佳は史緒の言動すべてを見下している感があるが、史緒は彼女のそういうところが好きだった。
「……まぁ、その高校生探しを止める理由はないな」
「私には関係無い。勝手にやれ」
 史緒のはっきりしない結論を追求することもなく、三佳は興味無さそうに手元の本をぺらぺらとめくり始めた。
 確かに、史緒がその女子高生に会いたいだけなら、史緒が何をしようとも三人には関係がない。そもそも史緒が篤志たちに意見を伺う必要は無いのだ。ただ、会いたいだけなら。
 無意識? それともすでに史緒のなかでは計算が始まっているのだろうか。
 ただ、会いたいだけ。
 史緒の口からそんな言葉が出た時点で、三人はおぼろげながらも予感していた。
 「五人目」の存在を。



*     *     *



 検索条件はコンピュータでは探せないものだった。例え、それなりのデータベースを持つものであったとしても。

 まず、高校生であること。性別は女。───ここまではいい。
 制服は紺のセーラー服で、赤いタイ。バック、コートは自由。
 頭髪は肩までのウエーブで黒。あまり派手ではなく、八割の人間が認める程度の美人度。身長160p前後。
 行動範囲内に渋谷区を含めている。

 その日、御園調査事務所に朝一番でかかってきた電話は、同所員のまりえが受けた。
 見知っていて、気心が知れている人物だ。所長である御園真琴とも懇意で、まりえはすぐに真琴へと取り次いだ。───だから、真琴が今、受話器を耳に頭を抱えていようとも、自分のせいではないと、彼女は主張したい。
 自分の主である御園真琴をそりゃもう思いっきり尊敬して敬愛の心を惜しまないまりえだが、…だが、頭を抱えたく気持ちもよくわかる。表情には出さないが、まりえも同じ気持ちだった。
「…史緒」
 らしくなく、低くうねるような、重い声。
「そういう女子高生が都内に何万人いるか知ってる?」
 同業者である阿達史緒は、無茶ともいえる依頼を電話でしてきた。真琴は最初冗談かと思った。しかし相手は仕事のことについて冗談でも冗談を言う人間ではない。本気だと判ると真琴は頭を抱えるに至った。
 確かに、仲間内で最も“それなりのデータベース”を持つと自負する真琴だが、こんな無理な依頼は初めてだ。
 彼女は今度はいったい何を始めたのだろう。
 まさか東京都の人口を知らないわけではあるまい。
 それに史緒が提示した捜索条件はあまり意味がなかった。その条件では都内の女子高生全員が調査対象となってしまう。容姿や身長などは確実性が無い。
『その何万人をなんとか数千人くらいまで絞ってほしいのよ。後は私が首実験するから』
 と、気が遠くなるようなことを言う。
 都内の高等学校だけでも百は超える。もし真琴が数千人のデータを史緒に提出したら、史緒はその膨大なデータの中から、たった一人の人間を見つけることができるとでも言うのだろうか。そんな不確かな情報しか知らない人間の顔を記憶に留めておくことが、できるとでも言うのだろうか。
 そんな皮肉さえ言いたくなってしまう。
 真琴はまりえに視線をやると、まりえは慰めるように苦笑して、頷いた。
 ほかでもない、阿達史緒の依頼だ。
 断るわけにはいかないだろう。真琴はため息をついた。
「引き受けるよ、史緒」
『ありがとう』
「ただ、時間がかかる。…そうだね、早くて1月エンド。それから報告書はとんでもない量になるだろうから、郵便ではなくMOにするけどいい?」
『構わないわ』
 即答だった。報告書のことはともかく、納期について驚きを見せないのはある程度予測していたのだろうか。約一月半も、待つつもりなのだろうか。
 それと、真琴は忘れずに付け加えておくことにした。
「報酬も容赦なく請求するからね」
 軽く笑って言うと、電話の向こうで史緒も、
『覚悟しておくわ』
 と笑った。

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