キ/GM/11-20/16
≪6/7≫
「史緒が件の女子高生を捕まえられるか、賭けようか」
と、最初に言ったのは七瀬司だった。
いつもの場所、月曜館で。
例の高校生捜しを御園真琴に一旦は預けたものの、史緒は落ち着かないようだった。始終、何か考え込んでいていつもなら手際よく済ます仕事にも支障をきたしている状況だ。そういうしわ寄せにより、今日も史緒は忙しそうに書類整理に追われていたので、今、ここには三佳と篤志がいる。
司の発言に2人は落ち着いたもので、とくに篤志はそろそろどちらかが言い出すだろうと思っていたところなので、軽く息を吐いて、背を椅子に預けた。
三佳は、ふむ、と片肘を付くと、スコーンを口にくわえたまま窓の外に視線を向ける。
「…追いかけてるのが女子高生っていうのがどうもな。男だったら面白味あったかも」
と、三佳は言うが、結局は賭けにのる気でいる。どう面白味があるのか興味深いところだが誰もつっこまなかった。
「まぁ、珍しくあいつにしては本気になっているというか、熱くなってる、かな」
と、篤志。
たかが二つ三つ言葉を交わしただけの女子高生に、史緒がどんな興味を持ったかなんて知らないけれど、確かに彼女にしては端から見て驚く程の、熱の傾け様。
「でもその賭けって、御園さんのところの能力が問われることにならないか?」
「あそこの調査能力を疑うのは下愚だろう」
「じゃあ、史緒がどこまで条件を特定できるか。また、御園さんのところの調査結果の中から、その女子高生を特定できるのか、では?」
「そんなモンか」
「〆切は? 長びけば不利になるのは史緒だが、こちらが白けるのもごめんだ」
「うーん、御園さんのところの調査結果が出てから2週間」
3人のひととおりの相談が済んで、今回の賭のルールがまとまる。
それぞれは様々なファクターを想定したシミュレーションを行うが、三佳は驚くほど早く張りを出した。
「見つからないほうに千円」
「早」
ちなみに賭けのレートは、一番最初に張りを出した人間に左右される。今回、三佳が提示した金額は前例からするとかなり高額なほうだ。
三佳は腕を組み、言い捨てる。
「理由はあまりにもばかばかしいからだ」
「きついなぁ」
司が苦笑する。
「だって、掃いて捨てるほどの東京の人口のなかから、どうやってたった一人の人間を見つけられる? あいつだってそれを判ってるはずだ。いったい何をムキになってるんだ」
と、言う三佳のほうもムキになって力説する。司はうーんと考え込むが、それより先に考えて答えを出したのは篤志のほうだった。
「んじゃ、見つかるほうに五千円」
悠々と言う篤志に三佳は訝った。
「根拠は?」
篤志は三佳に向かってにやりと笑う。
「あいつは、本気になったらしつこいからな」
*
結局、司は千円で賭尽ということになり、胴元のくせに今回の賭けは結果を見守る立場に回った。三佳の言い分はもっともだが、史緒の性格を理解している篤志の言うことも侮れない。
慎重な司らしいと言えばらしいが、実際は司のほうが、篤志より史緒とのつき合いが長い。
史緒があんな風に一人の人間に執着するのは極めて珍しいことだ。篤志の言う通り、史緒は本気になったら力ずくで物事を押し進めるだろう。かと言って海辺の砂を一粒拾う作業をこなせるのかも、また謎である。
(でも…。三佳のほうが分が悪いかな)
そんなことを、司は思う。
探して会ってみたい。史緒はそう言うが、会ってどうするというだろう。
調査結果が出るのは少なくとも1月エンド。それが御園真琴の回答だった。
では、少なくとも2ヶ月以内には、対象人物の身元か史緒の本気の実力の黒星、どちらかがはっきりするというわけだ。
───と、そんな風に賭けのネタにされているとも知らず、今日も史緒は椅子に深く座り、考え込むように窓の外を見ていた。
御園真琴からはとくに連絡はない。まだ半月しか経っていないのだから当然だけど。
でも。ひとつ、史緒が恐れていることがある。
真琴から結果が届くのは1月末。あと一月もある。
(そのうちに忘れてしまうのが恐い)
探している人物の顔、声、相対した印象、雰囲気。
調査結果から最終的に決定する判断材料は、この記憶だけだから。
肩を掴んだ強い力、あの必死さはなに? 赤の他人へのお節介。普通でない能力、それを持つ女子高生。
その彼女が、都内のどこかで高校生活をしていると思うと口端が思わず笑ってしまう。
おもしろい、と思う。
一対一で向き合ってみたい。会ってみたい。
焦らずに。そう思っても、いつも心の隅で彼女を捜している自分がいる。
「史緒」
「え」
名を呼ばれて顔を上げると、篤志がすぐそこにいて、呆れたように笑っていた。気づかなかった。
「あ、ごめん。なに?」
「少しは落ち着けよ。…ほら」
篤志は電話からのびる受話器を差し出した。電話は史緒の机の上にあったものなのに、それが鳴ったことさえ史緒は気づかなかったのだ。どうやら史緒宛の電話だったらしい。
「誰から?」
尋ねると、篤志は、
「出ればわかる」
と言った。訝りながらも受話器を受け取ると、史緒は営業用の声で、
「もしもし」
と言う。すると、
『史緒さんっ、お誕生日おめでとうございます!!』
と、高くよく通る声が叫んだ。びっくりして目を見開き、思わず受話器を見つめてしまう。
瞬きをいくつか。
篤志へ目をやると、静かに笑っていた。
「…」
篤志の言う通り、電話の主は声だけで判った。
海の向こう側。異国のともだち。
でもやっぱり史緒はびっくりしたままで、すぐに声が返せなかった。素直に嬉しいけど、驚きの胸の鼓動も、同じくらい高く響いていた。
今日、12月29日は、史緒の誕生日だった。
「………ありがと」
それだけをどうにか返して、それからいくつかの言葉を交わして、電話を置く。
胸の鼓動冷めやらず、ふぅと息をつくと、コツンと篤志が史緒の頭を小突いた。
「ほら、上着着てこい。出かけるぞ」
「え? …ちょっと、篤志っ」
篤志はぐいと史緒の腕を引いて椅子から立たせた。
「こんな年末に仕事なんか入らねぇよ。たまには誕生日祝うのも悪くないだろ? 司と三佳は先に行ってる」
戸惑う史緒を無視して、篤志は力ずくで史緒を事務所から追い出した。
いつもの月曜館で、司と三佳が待っていた。
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