キ/GM/11-20/17
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* * *
司や三佳より近くで、篤志は一部始終を見ていた。
「とにかく一段落だな。満足だろ、おまえも」
と、半分呆れて、半分皮肉で、篤志は史緒に言った。意外にも史緒はストレートにそれを受け取った。
「そうね。…サボってた分の仕事、片づけなきゃ」
そんな風に呟く横顔を見て、篤志は、そういえば、と口を出した。
「あの賭け。史緒らしくなかったな」
さきほどの三高祥子との件だ。
A.CO.のなかで篤志たちは日常のように些細な賭け事を行うが、史緒だけは参加することがない。篤志は史緒の性格から、些細なことに資産とプライドを預けられないと思っていることを知っていた。
史緒は微かに笑った。自分の性格をよく分析できている篤志を憎たらしくも思ったけど、何故だかおもしろかったからだ。
「当たり。あれは賭けなんかじゃないわ」
「どういうことだよ」
史緒は視線を泳がせて、少しだけ言葉に迷った。
「───最初はね、口だけであの子を言い負かせると思ってたの。あの子、勘は良いけど本人単純だし、良くも悪くも素直だし」
真顔でそんなことを言う。
そこで史緒は風上を向いた。なびく髪が邪魔だったからだ。篤志も足を止めて体の向きを揃えた。
「でももっと遊べることに気付いたの。───ほら、あれ」
と、史緒は手を伸ばし指を差した。先程、賭けの種になっていたタイル敷きの広場を。
史緒が指差す先に、篤志が視線を移したのを確認して、史緒は腕を下ろした。
「よく見て、タイルの並び。一見、ランダムに見えるけど実は法則性があるの」
「…?」
「あそこ、マンホールがあるでしょう?」
「ああ」
広場のほぼ中央だろうか。目立たないけれど排水用のマンホールが見て取れる。
「あれを原点として道路に平行のほうがX軸、垂直にY軸を取ると、第一象限と第二象限がX軸に対して線対称なの。第三と第四はそれをひっくり返したかたち、つまり点対称。私もさっき途中でこのことに気付いたの」
それを聞いている途中で篤志は目眩を覚えた。
説明を追うことはできていた。それ自体はそう難しくもない。
それに気付くことができる頭の回転に揺さぶられて、目眩がしたのだ。
「…途中って、三高祥子と喋ってる最中にか?」
「ええ。おもしろい模様だなって思って、視線の端で数えてた」
と、こともなげに言う。
篤志はもう一度広場に目を移して座標原点から桝目を数える。すべて確かめたわけではないが、確かに史緒の言う通り点対称になっているようだ。しかし、ふと、篤志はあることに気付いた。
「点対称って判っただけじゃ、色は当てられないな?」
あのとき史緒は背を向けて、桝目をまったく見ていなかった。点対称というヒントが有効になるのは、ひとつの象限が見えているときだ。
史緒は、ああ、と表情を動かした。
「これね、座標の(1:1)のところからX軸右方向へ見ていくと、色が切り替わってるでしょう? あれ、素数よ」
「…。…あっ」
篤志は開いた口が塞がらなくなった。
色の切り替わりは2,2,3,3,5,5,7,7…。その通り、素数である。
───実際、おもしろい、と史緒は思う。
こんな、どこにでもあるような公園にこのような仕掛けがあるなんて。設計者に会ってみたいとも思った。
「それに気づいて少し数えればこの敷地の縦横数も計算で出るし、落ち着いて眺めてみれば誰にでもわかるわ」
「…いや、わからないだろ」
「そう?」
篤志の返答に史緒は首をひねる。
「私は祥子と喋ってる途中でそれに気付いたから、あんな駆け引きを持ち掛けてみたわけ。いくつめのタイルかを指定されたら、素数ならカウントと検算で出せるわ。咄嗟のことだから、祥子は気付く暇もなかっただろうしね」
「悪どい」
篤志が思わずはっきりと呟くと、史緒は控えめに苦笑した。
「頭脳戦の勝利と言ってよ。私は賭けなんて言った覚えはないもの。…あとは縦横の桝目数を教えれば司だって簡単に答えるはずよ。それとも既に、頭の中では図形が完成されてるんじゃないかしら。───どうなの? 司」
コートのポケットのなか、覚えの無い小さな縫い跡に、史緒は声をかけた。
*
「ばれてた」
司はイヤホンからの問い掛けにからからと笑い、肩をすくめてみせた。
一方、三佳は悔しそうに右耳からイヤホンをむしりとって舌打ちした。苛立ちからくる嘆息を一回。
実は史緒のコートに発信機を仕掛けたのは三佳だ。今朝早く、無断で。
どんな言葉で三高祥子を口説くのか忌憚無く聞きたかったからだ。しかし史緒が初めから三佳たちの盗聴に気付いていたなら、今まで聞いていた会話はいろいろとデコレーションされたものになっているのだろう。しかもこんな風にさり気なく司に話し掛けるなんて、まったく性格が悪い。
「まぁまぁ」
三佳を宥めるように司は笑う。受信機の電源をオフにして、イヤホンを回収するとポケットに押し込んだ。
「それなりに楽しめたよ」
立ち上がりざまに呟く。
「楽しめたって、何が?」
三佳が尋ねると、司はそれに答えた。
「うん、まぁ、いろいろとね」
つまりごまかしたということだ。三佳はそれに気付いても何も言わなかった。
司も、三佳に気付かれていると気付いても弁解も何もしなかった。
でももし、三高祥子が史緒の誘いを蹴り、今日限りの付き合いになるのなら、司は三佳に言ったかもしれない。こんな風に。
あの気性じゃ、特異な能力も持ち腐れだね───と。
(……そうか)
史緒はそのことに気付いたから、三高祥子を無害だと判断し、仲間に入れようと思ったのかもしれない。祥子のちからを完璧ではないと、史緒も見抜いたのかもしれない。
まぁ、いい。どちらにしても史緒が一緒に居ても構わないと思った人間だ。うまくやっていけるならそれにこしたことはない。
司はそんな風に心内で評して、三佳には笑顔を向けた。
「じゃ、僕らも史緒たちと合流しようか。三佳、手、つないでもいい?」
サングラスと白い杖を片手に、司はもう片方の手を差し出した。三佳はその手を握る。とても冷たかった。
*
「何で挑発させるようなこと言うんだ?」
篤志は史緒に尋ねた。
もともと阿達史緒という人間はあまり口数は多くなく、他人とじゃれあうような物言いをしない。しかし三高祥子相手では、どうやら違うようだ。
まさか祥子と友達付き合いがしたいわけではあるまい。
「気づいたのよ」
と、史緒。
「祥子のちから。…司の感覚もそうだけど、本人が冷静じゃないときにひどく鈍るのよね。司は精神制御の訓練を受けてきたからその感覚をフルで使えているけど、祥子のほうはちょっと突つけばムラだらけ。…私が祥子を挑発させているのは、私の本心を知られたくないからよ」
淡々といつもの調子で言われたので気付きづらかったが、かなりひどいことを言ってる。篤志はそれに嫌悪を覚えるわけでなく単に呆れつつ、探るような言葉を口にした。
「それだけか?」
「どういう意味?」
「あいつ、初めはもう少し大人しい奴かと思ったけど…」
と、篤志が呟くと、史緒は言った。ああ、それは。
「私っていう、敵ができたからでしょ」
「!」
「受けて立つわよ」という意味合いが含まれる史緒の言葉に篤志は目を見開いた。
あることに、気づいた。
(わざと怒らせている)
そう言っていた。祥子に感情を読まれないようにする為に。でもそれは、ただそれだけではなく、もしかしたら。
三高祥子。
初めは大人しく見えた。思っていることを外に出さないで、表情にもうまく出せないで。あの特質のこともあるのだろうが、無意識に壁を作ってしまうタイプ。
でも今は違う。覇気が備わったような気がする。
伝わってくる怒り。史緒に対する敵対心。それらを露にしている言動、でもそれは決して悪いことではなくて───。
むしろ、それは祥子にとって良い傾向。
対等に遠慮なく口論できる相手を、祥子は、手に入れたのかもしれない。
ちらり、と篤志は史緒をうかがい見る。
「司たちが来たわ」
篤志の視線を無視して、史緒は遠く人影に軽く手を振った。
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