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「今回のこと、私は利害一致、と考えているわ。祥子自身にとっても、私にとっても、使えるちからを持ち腐れているのはどう考えても利口じゃないもの。適材適所ということかな」
 4人は公園の片隅で輪になって言葉を交わす。こんな風に全員が外に出ているのは珍しいことだ。
「利害一致…ね。あまり良い言葉とは思えないけど」
「あの様子じゃあ、すぐにやめるって言ってくるんじゃないか?」
 祥子がこのまま長く居座るとは、司と三佳は思えないようだった。少なくとも本当の仲間となる日が、果たしてくるのだろうか。
「その可能性は薄ね」
 きっぱりと、史緒は言い切った。
「これは私の勝手な見解だけど、あの子、自分の能力が嫌いなんだわ。だからそのちからを持っている自分も嫌いなの」
「ずいぶん短絡的だな」
「そうね、言い方が悪かったわ。…祥子は自分の、役に立たない特別なちからが嫌いで、延いては何の役にも立たない自分に嫌悪を抱いている。でも、少なくてもA.CO.にいればその能力を役立てることができるのよ。所詮は利害一致だけど、彼女にとっては手放し難い条件だと思うわ」
 すらすらと、語られる筋の通った見解を聞くと、史緒が昔、留学先で心理学をかじったということが頷ける。祥子がA.CO.に留まるかはまだ不安定要素だ。しかし分はこちらにある。
 史緒は数日前に御園真琴から受け取った三高祥子に関する調査報告書の内容を思い出した。
「……」
 いつもながら真琴の情報網にはうんざりするほど感嘆する。その報告書から、祥子の生活を少しだけでも見てしまったアンフェアに胸が痛んだが、それは長引くほどのものでもなかった。とりあえず、書類は他の三人にも見せないことに決めた。
 史緒はもう一つ、かねてから考えていたことを口にした。
「それにあの能力は、新居さんのところに回せると思わない?」
「あ!」
 篤志と司が同時に叫んだ。
 すっかり忘れていたが、新居誠志郎がかねてから言い続けていた依頼があった。あまりにも突飛なものだったから手を引こうとしていたのに。
「おまえ、初めからそこまで計算してたのかっ?」
「まさか。つい最近からよ」
 楽しそうな声で、史緒は篤志に笑ってみせた。
 計算高いというか、なんというか…。これは誉め言葉といえるのだろうか。
 面食らっている篤志と司に構わず、史緒は次の行動を開始する。
「今日はここで解散。私は寄るところがあるの。先回りしたいから、タクシー使うわね」
 言うが早いか、史緒は白い息を吐いて背中を見せる。
「どこへ?」
「病院」
 背中が答えた。
「何しに?」
「私の画策がどこまで実を結んだかの確認にね」

 ここへ来ると何となく息が詰まるのは、これはもう条件反射かもしれない。
 三高祥子は何十回目かの息苦しさを味わっていた。
 和子の病室。
 白い部屋、消毒液の臭い、落ち着けない場所で。
「あのね、お母さん」
 消毒液の臭いのする空気を吸う。
 和子はいつも通り、窓の外を眺めて、聞いているのかいないのか、判断し難い素振りを見せている。組んだ指は毛布の上。それに視線を固定させるのが、祥子の処世術。
 そして祥子の手のひらの中には、阿達史緒の名刺が握られていた。
 それを、差し出した。
「私……、ここに入ることになったから」
 その肩がピクリと動き、和子がゆっくりと振り返った。途端、祥子は緊張した。ゆっくりと和子の指が動き、その名刺を受け取り、読む。
 和子が何か言う前に祥子は説明を始めた。事務所は浜松町にあり、そこへ通うことになること。責任者である所長は若いけど優秀な人物であること。怪しく思うかもしれないけど、大丈夫、と。
 それから小さく、この能力を買われたんだと。
「───…そう」
 名刺に目を落としたまま和子は呟いただけだった。
 それは少々意外だった。今まで散々迷惑かけてきたこのちからが外に知れてしまうのを、和子は何より危惧していた。それなのに、祥子のちからに目をつけた人間が現われたというのに、何も追求してこないなんて。
 和子は顔を上げて、祥子のほうへ目を向けた。
「わかったわ」
 と呟き、さきほどの名刺を祥子のほうへ返す。
「これはいらない。持って帰って。私には関係ないから」
 その言葉に傷つかなかったといえば、嘘になる。祥子は咄嗟にうつむいて、唇を噛み締めた。関係ないなんて言われたくなかった。
 返された名刺を受け取り、それを素早く鞄の中へしまう。その際、鞄の奥底で名刺が音をたてて折れた。でも別に構わない。
「じゃあ私帰る。…また、後で来るから」
 立ち上がって帰るしたくに取り掛かる。持ち帰る和子の着替えを手早くまとめ袋に詰め込む。コートを着て、マフラーを首にまく。うまくまとめられなくて、3回くらいやり直した。早くこの場を離れたいと、気が急いているせいだろうか。でもどうにかうまくいって、荷物を手にする。踵を返した。そのとき。
「がんばってね」
「───…っ」
 祥子は服の裾を引かれたように振り返った。
 和子はいつものように窓の外に目をやったままだった。横顔しか見れない。空耳? でも確かに和子の声だった。意外な言葉だった。確かに、激励の言葉だった。
 祥子は、それを聞いた。
 でも悲しいかな祥子は耳を疑った。首を捻って、背中を向けて、祥子は病室から出て行った。


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