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 川口蘭は写真部の部室を出た後、急いで電車に乗り込み、A.CO.事務所近くの月曜館へ来ていた。
 期末考査初日だというのに寄り道である。しかしそんなことは、蘭が問題にするものでは決して無い。
 朝の食堂での騒動もあり、寮に帰りにくいという理由も、ある。
「へー。早坂橋高校。レベル高いところだ」
 目の前に座るのは三高祥子(18歳)。A.CO.の仲間であり、蘭のお茶友達でもある。祥子も都内の高校生だが最近は制服を着ているところを見ない。蘭と同じく卒業目前で、家庭学習期間だからだと教えられたが蘭にはよく分からなかった。
 蘭が入学する高校のパンフレットをテーブルの上に広げ、2人はそれぞれお気に入りの紅茶を飲んでいた。
「あたし、法律の勉強をしたいんです。今の学校で不足というわけじゃないんですけど、大学入試とか考えると少しでも有利なほうがいいかなと思って」
 先週送られてきた入学案内を誰かに見せるのは初めてのことだった。蘭にしては珍しく少々緊張気味な表情で喋る。
「…あっ、あたしが法学部目指してるってこと、史緒さんたちには内緒にしてくださいね。祥子さんにしか言ってないんですから」
 人差し指を口元に当てて上目遣いで頭を下げる。蘭のその仕種に祥子は微笑んで、もちろん、と答えた。
「住むところ、どうするの?」
「この高校にも学生寮があるんです」
「じゃあ、引越し? 私、手伝うよ」
「わぁ、ありがとうございますっ」
「篤志も手伝わせる?」
「それも狙ってたんですけど、出る寮も入る寮も男子禁制…業者の方以外立ち入り禁止なんですよー。残念」
 蘭が頬を脹らませるのを見て、祥子は笑った。蘭も笑った。
 祥子はいつも優しい。
 蘭のワガママにいつも付き合ってくれるし、ヒトの気持ちを察することができるのは優しい人間だと思う。街中で困っているヒトに手を貸すこともあるし、一方、間違っていることをはっきり否定する性格は蘭が尊敬するところでもある。
 以前、それを祥子に正直に言ってみたところ。
「やさしい? 私が?」
 と、ものすごく驚いて、その後、照れた様子で言った。
「蘭の影響だよ、きっと」
 と、嬉しくなるようなことを言った。
 蘭は祥子も好きだ。
「祥子さんっ。お願いがありますっ」
 突然の蘭の力強い言葉に、祥子は顔を上げる。
「なに?」
「あたしとデートしていただけませんかっ」
「…は?」
 一年近く付き合いがあるとはいえ、何を言い出すか分からない突飛さが、やはり蘭にはある。
 蘭は鞄の中をひっくり返し、学校で先輩から貰ったチケットをぴらりと2枚取り出した。
「こういうのがあるんです」
「ふーん…写真展?」
 チケットの一枚を手に取り、祥子は写真展詳細を眺めた。蘭はどきどきしながらその様子を見て待つ。
 祥子はチケットを戻して頷いた。
「いいよ。私で良ければお供しマス」
「本当?」
 半ば悲鳴のように、蘭ははしゃぎ声を響かせた。
「篤志、誘わなくていいの?」
「コレの感動は、祥子さんと共有したいんですっ」
 蘭は祥子を睨み付けるように言った。
 気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと解って欲しい。
 あなたも、大切で、大好きな人間だということ。
 特に祥子はそういう意識が稀薄だ。蘭といるときに篤志の名前を出すのは、自分に自信が無いからではないだろうか。今、会話を楽しむ相手は本当に自分で良いのか、蘭の反応を窺っているのではないだろうか。
 蘭の睨みの迫力が足りなかったのか、祥子は気にせず話を続けた。
「蘭って、結構、写真撮ってるよね。前に…えーと、半年くらい前? 事務所でも撮ってたし」
 それから事務所周辺の景色も撮っているのを見たことがある。
「はいっ。また撮りますよ」
「…あ、でも現像したものって見たことないなぁ」
「すみません。現像はしてあるんですけど、ずっとしまってあるんです」
「どうして?」
 何の為に撮っているのだろう。
「えー…と」
 珍しく蘭は言葉に詰まった。
「あたしが撮った写真を見せたい人は、今はまだ見ることができないからです」
「?」
「もう何年も前のことですけど、あたし達を囲む風景や、あたし達の成長を見てもらいたいなって、思ったんです。そしたら居ても立ってもいられなくて、カメラ始めてました…───ごめんなさい、話、ズレましたね」
 蘭は苦笑して、仕切り直すきっかけのつもりか紅茶を一口、口に含んだ。
「あたしが写真を撮るのは、ただ一人の人間に見せたいからです」

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