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 2月半ばの土曜日。
 A.CO.のメンバーは月曜館で定例ミーティングを行っていた。
 ミーティングといっても、所長である阿達史緒からの業務連絡はあっというまに終わった。特記事項としては、史緒はこれから依頼人に会う約束があるとのこと。その後を任せる関谷篤志にいくつか言伝をしていた。それ以外には大体いつもと同じで急用もない。今は恒例の雑談の会となっていた。
「そっか。蘭と祥子、今年卒業だっけ」
 と、木崎健太郎は会話の途中で思い出したように言った。史緒と当人たちを除くメンバー、関谷篤志、七瀬司、島田三佳は健太郎と同じようにそのことを忘れていたようで、ああそうか、と頷いた。
「そうでーっす。あたし、高校生になるんですよぉ」
 自分のことがネタに挙がり、川口蘭は手を叩いてはしゃいだ。三高祥子も軽く頷く。健太郎は蘭の台詞に反応し、
「どこのガッコ? ああ、蘭って付属中だったっけ」
 と質問になりきらない質問をする。
 川口蘭は全寮制の私立女子中学に在籍していた。健太郎の記憶通り確かに同系列の高校もある。
 しかし蘭はおだんご頭を横に振った。
「いえいえ。外の高校です。入試だってちゃんと受けましたもん」
「どこ?」
「早坂橋です。お茶の水にあるんですよ」
「げっ。レベル高いじゃん」
 と、健太郎は少なからず驚いた。学校の名前を聞いてレベルがわかるのは現役高校生の健太郎と祥子くらいだろう。祥子はすでに蘭の進学先を知っていたのか、驚いた様子はなかった。
「祥子のほうは? 進学するのか?」
「しない。健太郎は───…あ、まだ2年だっけ」
「そういうこと」
 来学期も健太郎は高校生だ。3年生になる。
「そーすると、残る学生組はオレと蘭だけかぁ」
 この集団、平均年齢が低い割に学生少ないなぁ、としみじみ息をついた。
「え?」と、司が首をかしげた。「あと2人いるよ」
「三佳だろ?」
 健太郎はすぐに言い返した。
「でも、こいつ学校行ってるの見たことねーもん」
「こいつ呼ばわりされる言われはない」
 最年少の三佳は苦々しい声を健太郎にぶつけた。島田三佳は今年11歳になる。近隣の小学校に在籍しているが、その手続きの時しか足を向けた覚えはなかった。
「あと1人」
 司が笑って促す。
「へ? 司は学校行ってないって、前に言ってたよな? 史緒は行く暇なんて無いだろうし」
 健太郎はう〜むと考え込んだ。消去法でいくと悩む必要もないのだが。
 健太郎がその回答へ行き着く前に、蘭が、
「篤志さん、大学生ですよぉ」
 と、のんびりした声で言った。健太郎は目を見開いた。そして篤志のほうへ振り返る。当の篤志は気まずそうに視線を外し、表情をゆがませていた。
「うそっ、篤志って大学生だったのっ?」
「…まーな」
 視線を外したまま、低い声で答える。
「とうとう留年したけどな」
 と、三佳。やかましいっ、と篤志につっこまれる。司も史緒も笑っていた。
 健太郎の驚きはまだ収まらなかった。
「まじぃ? 祥子、知ってた?」
「そりゃあ、あんたより1年長くここにいるんだから…」
 知らないわけないでしょ。祥子は健太郎の驚き様に呆れて肩をすくめた。
 健太郎は次に篤志のダブりについてしつこく尋ねた。そんな風にしばらく学校ネタで場が盛り上がる。
 会話が一区切りしたとき、今まで聞き側に回っていた史緒が口を開いた。コーヒーカップを両手でくるみ、もてあそびながら。
「そういえば、祥子」
「なによ」
 自然、祥子は仏頂面を向ける。
「確かA.CO.に入ったばかりの頃こんなこと言ってたよね。卒業したら就職してこんなところやめてやるって。───就職できたのかしら?」
「…っ」
 突然、昔のことを持ち出されて、祥子は焦った。嫌味としか思えない言葉をしれっと発言した史緒を思いっきり睨み付ける。
「えぇっ!? 祥子さんやめちゃうんですかぁっ?」
 と、史緒の台詞を真に受けたのは、もちろん蘭だけで、
「あっはっは、おまえ、そんなこと言ったんだ」
 吹き出して笑い飛ばしたのは健太郎。
「不景気で就職難だし」
 と、司。
「無理無理。誰の下でも働ける性格じゃないだろ」
 これは三佳。
「どんな職に就くかは興味あるな。ほんと」
 篤志までも。
 蘭からは心配そうな視線を向けられ、他の4人からは遊ばれているような視線を向けられ、祥子は、照れ混じりの敗北感を味わった。それぞれに言い返したいことがあるがいちいち答えていられないので、代表として史緒に文句を言うことにする。
「史緒っ、あんたねぇっ」
 史緒に食って掛かる。史緒はそれを無視してコーヒーを飲んでいた。
 そのときのことだった。
「───しぃちゃんっ!!?」
 店内に悲鳴が響いた。
 それは言葉通り、店中に響いたし、A.CO.の面々もびっくりして、一斉に音源へと目をやった。ただ一人、阿達史緒を除いて。
 叫んだのはA.CO.のメンバーでは、勿論、ない。しかし誰なのかはすぐにわかった。
 その声を発したと思われる人物が、窓際の席から立ち上がり、こちらを見ていたからだ。
 スーツ姿の女性が、目を大きく開き、口を開いて、こちらを凝視していたからだ。
 祥子たちもその女性を凝視してしまった。
「……しぃちゃん=c?」
 メンバーの誰かが呟いた。そしてそれぞれは顔を合わせる。
「なにそれ」

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