キ/GM/21-30/24
≪6/8≫
「……っ」
祥子は複数の生徒に囲まれてすっかり動揺してしまっていた。
数々の視線が突き刺さって、祥子はカッと顔が熱くなるのを感じた。体が強張っている。ぎこちなく、キョロキョロと周囲を見渡した。ギャラリーの中にはクラスメイトも数人見受けられた。もの珍しそうにこちらに視線を向けている。
「なに、おまえ。人気者なの?」
平然としている健太郎の全く解ってない台詞に、祥子は言い返した。
「あんたの格好が目立ってるだけよ」
苦しい言い訳をしてから、はっと祥子は口をふさいだ。
校内では一応、無口で通っている祥子だ。他の顔を周囲に見せるのは気恥ずかしかった。
健太郎は自分の格好を見て首を傾げている。健太郎が慌てる事態、というのもあまり見たことがないが、その余裕な態度には少しの尊敬さえ抱いた。
「…この状況でよく平然としていられるわねぇ」
皮肉も含んだ恨めしそうな声で言うと、健太郎はさらりと答える。
「基本的に目立つのは嫌いじゃない」
「…」
祥子は絶句した。その感覚はとても理解できそうにない。
「あれー? 健じゃん」
祥子の背後から声がした。目の前の健太郎がその声に反応する。
「おー! タローちゃん」声を張り上げて、祥子の背後へ手を振る。「オフでは久しぶりだなっ」
つられて祥子も振り返った。
「ウチのガッコで何やってんだ。ヒト集めて…」
振り返った祥子は男子生徒と目があった。お互い、一瞬、空気が止まる。口を大きく開いて息を吸う音が聞こえた。
「うおっ! なに、三高祥子じゃん、健っ、おまえら、知り合いなのっ?」
祥子に人差し指を向けて男子生徒は叫んだ。健太郎と祥子を交互に見て、それから周囲の人垣にも視線を走らせながら。
「そっか。タローちゃん、祥子と同じ学校だったんだ」
快活に声を掛け合う2人に挟まれて、祥子は呆然とした。
登場した男子生徒───大河原太郎は2年のときからのクラスメイトだ。彼が新聞部の名物部長であったことも知ってる。
周囲とあまり関わってこなかった祥子が、彼の所属部を知っているのには理由があって、2年の夏休み前、新聞部のアンケートに答えるよう、しつこく追いかけられたという記憶があるからだ。夏休みへと逃げ切り、祥子は安心していた。でも夏休みに突入した矢先、クラスに大きな衝撃を与えるある事件があって、
それどころじゃなくなった。
それ以降、大して関わりのなかった大河原と、木崎健太郎が、今、目の前にいる。
祥子と知り合いであることをお互い驚いたりしている。
「ちょっと待ってよ!」
それを一番驚いているのは祥子だというのに。
そういえば似ているタイプの2人の間に割り込む。大河原は三高祥子の大声にびっくりしているし、健太郎は「なんだよ」と煩わしそう言ってくる。
「2人とも知り合いなの?」
「知り合いも知り合い。ま、流行で言うところの、メル友ってヤツ?」
と、健太郎が言うと、
「その表現、誤解生みそうだからやめろ」
と、大河原は苦笑した。
「ちゃんと説明して」
「その前に、祥子とタローちゃんはどういう関係なんだ?」
「クラスメイトだよ」
大河原が答えた。
「へー、世の中狭いのな」
「健太郎っ」
「はいはい。祥子も知ってんだろ? タローちゃん、新聞部部長」
「元、だけどな」
「で、俺はパソコン研究部所属なわけだ」
「最近、幽霊だって噂」
イチイチ、大河原がつっこむので健太郎は面白そうに笑った。どうも祥子はそういうノリについていけない。それどころか話が進まないのでイライラする。
健太郎と大河原が揃って顔を向けた。
「どの学校にも、一人は情報屋と呼ばれる奴が居るもんだ。他地域に、これくらいのネットワークがなきゃ、名乗る資格ないね」
と、誇らしげに言う。
「───…」
祥子は目を見張った。
目の前にいる2人のうち1人、大河原は2年間同じ教室にいたクラスメイトだ。祥子の学校での無愛想な生活をよく知っている代わりに、祥子のプライベートはほとんど知らないだろう。
もう1人、木崎健太郎とは2ヶ月前に知り合ったばかりだ。逆にこちらは祥子の学校での生活を知らない。
そんな2人が、知り合いだったということに祥子は驚いた。健太郎と会う前から、…いや、祥子がA.CO.に入る前からのこの2人の付き合いを想像すると、健太郎の言う通り世の中の狭さを実感せざるを得ない。
「で? そっちは?」大河原が口を挟む。「まさか付き合ってんの?」
「誰がこんな気ぃ強い女と」
「…誰がこんなパソコンオタクと」
と、言い返してからハッとして、祥子は口を手で押さえた。大河原が視線を向けたからだ。
自分の不用意だが、学校での祥子しか知らない大河原に、いつもと違う面を見せるのは恥ずかしい。
(…それに)
さっきも言ったが、大河原は新聞部の「名物」(元)部長だ。彼が見聞きしたことは、彼がその気になったら、やがて全校生徒が知ることになる。
現役を引退したとはいえ、新聞部内の大河原の影響力は健在だった。卒業式まであと少しだが、彼が元部長の権限を発動し、流れていた祥子のアンケート企画を再燃させないとも限らない。それは絶対に避けたかった。
「三高…って、気ぃ強いの?」
「太郎ちゃん、同じクラスなんだろ?」
「確かに同じクラスだけど…」
「けど?」
「三高ってどーなの? 2年間同じクラスだったけど、誰かとつるむなんて全然…───まぁ、無かったし、さっき大声出してるの、俺、初めて聞いた」
大河原の認識は正しい。言葉に詰まったところで、彼が何を思い出したのかも、祥子には判る。
「なんだ。おまえ、猫かぶってるんだ」
そしてまた、健太郎の認識も正しい。
相反するような2例だが、包む環境が違ければ祥子の態度が変わるのは当然だ。
また、双方の周囲からの認識を修正する必要もない。
何故なら両方とも、祥子が離れる環境だから。学校は卒業で、A.CO.は辞める。
次に祥子が浸る新しい環境で、祥子がどんな態度をとるかはその時になってみなければ判らないし、決まらないのだ。
がしっ、と。祥子は健太郎の腕を掴む。
「さよなら、大河原くん」
短く呟いて、踵を返す。健太郎の腕をひいたまま、歩き出した。
おい、こら、と健太郎は文句を吐いたが無視した。
「健、メールよこせよな!」
「おっけー」
と、呑気に手を振ったりしている。
「大河原くんに余計なこと、言わないでよね」
「何だよ、余計なことって」
わざと、健太郎は聞き返してきた。答えられないのも癪なので、祥子は考えた。けど、だめだった。多分、健太郎が大河原に与える祥子の情報すべてが、余計なことなのだろうけど。友人同士である彼らにそれを要求するのは傲慢でしかない。
「何で猫かぶりしてんだ? らしくねーじゃん」
「…昔はそれが地だったの」
「じゃあ、いつからだよ」
───三高祥子が変わったのは。
* * *
「祥子? 何の用だ」
島田三佳が持つ携帯電話にかけたところ、開口一番、不機嫌そうな声が返ってきた。
思い返してみればこの一年以上、三佳のケータイにかけたことが無かった。番号は知っていたがかける機会がなかった。A.CO.関連というと、まず蘭、それに事務所のナンバー、篤志には一回くらいあったかもしれない。大体、祥子が携帯電話を持ち始めたのはA.CO.に入った時だ。
A.CO.を辞めるとなれば、もう必要なくなるものだろう。
三佳の不機嫌な声の後ろで、小さく、他の声がした。どうやら三佳は七瀬司と一緒に居るらしい。
(最後まであの2人の関係はよくわからなかったな)
と、勿論心の中だけで思って、祥子は三佳に本題を告げた。
「事務所の3階に私の私物、色々置いてあったと思うの。悪いけどウチに送ってくれない?」
私物とは、主に服で、スーツや靴、アクセサリーなどである。他にもカップや歯ブラシ、細かい物。辞めるのだからそれら個人のものは撤収するべきだろう。
「断わる。面倒くさい。おまえが取りに来い」
と、三佳は簡潔にはっきりと即答した。
(どいつもこいつも〜)
出向くのが嫌だから頼んでるのに。しかし、もちろん三佳だって、そんなこと判っているのだ。
「こっちに来たくないのは、史緒に会いたくないからだろ?」
「…そうよ」
「明日の朝なら史緒は事務所にいない。4階の部屋にまとめて置いておくから、勝手に取って行け」
───そんな取り付けをしたのが昨日の晩。
そして翌朝の9時。
祥子は5日ぶりにA.CO.の建物の前に立っていた。
驚いたことに、A.CO.に入所してから、5日足を向けないなんて、本当に数えるくらいしかなかった。今回、その事実を発見して祥子は驚いた。嫌々言っていたくせに、足げよく通っていたということだ。これは一体どういうことだろう。祥子は真剣に考える。
目の前に立つ、A.CO.の5階建ての建物を改めて見上げる。
祥子は乾いた喉で唾を飲んだ。
(本当に本当に、ここに来るのはこれが最後よっ)
つい、何かに向けて宣言してしまう。半ばムキになってる。
そして、入り口のドアを開けた。
≪6/8≫
キ/GM/21-30/24