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 呼び出したのは篤志のほうだった。
 蘭としては、それは飛び上がるくらい喜ばしいことなのだが、今日は気分が沈んでいる。
 祥子と最後に会ってから、もう1週間経つ。
「最近、事務所の方へ来ないな」
 と、篤志が優しく語り掛けた。
 2人がいるのは、蘭のアパートの最寄り駅の中にあるレストランである。篤志が気を遣って出向いてくれたのは嬉しいが、蘭はこの辺りの散策があまり進んでいない為、気の利いた店に案内することができなかった。
「祥子について行って辞めることでも考えてるのか?」
「何てこと言うんですか!」
 蘭は大声を出した。篤志はそれを冷静に受け止める。
「冗談じゃありません…っ、───史緒さんの所を離れるなら、日本にいる意味ないです…っ」
 擦れた声で蘭は吐き捨てた。泣いてしまいそうだった。
「祥子さんのことについて、いろいろと喋ってしまいそうだから…。自重してるんです」
 祥子のことについて、史緒を責めることはできない。でもやっぱり祥子には戻って来て欲しい。
 史緒は祥子を必要としているだろうか。…必要としてるに決まってる。ただ、引き止めることができないだけだ。
(諦めないで、史緒さん)
 気遣わないで、追いかけて、その背中を掴まえてほしい。
 欲しいものは欲しいと言って。…そういう意味で史緒は臆病だ。
 どうしていつも、喉に蓋をしてしまうのだろう。
「A.CO.の中で、史緒さんと一番お付き合いが長いのはあたしですけど」苦々しい口調で言う。「でもあたし、史緒さんのこと、知らないことだらけなんですっ」
 ずっとずっと昔からわからないでいること、本当に沢山ある。
 亨さんが死んだ後の史緒さんの変化は何? 笑わなくなって、いつも部屋に閉じこもってた。和くんがいなかったら、きっともっと酷いことになってた。
 史緒さんが櫻さんを嫌うようになったのも同じ頃からだった。確かに櫻さんはちょっと他の人とは違ってて、あたしも苦手だったけど、史緒さんのあの、嫌悪をはるかに通りこしたような態度はどこから来るものなのだろう。恨み…恐怖? そんな風に、あたしには見えた。
 あと。いつからかしら。史緒さんが隣で寝てくれなくなった。一緒にお風呂に入ってくれなくなった。(これはあたしの甘えだけど)亨さんが死んでからじゃないわ、もっと、後だったような気がする。
「…史緒さんは、一人で抱えているものが多すぎます。───昔から一緒にいたのに、史緒さん独りで苦しんでることがあるなんて、あたし、嫌。何か…! 少しでも、…助けになりたいんです」
 訴えるような蘭の言葉を、篤志は黙って聞いていた。
「もうっ、どうして和くんは史緒さんから離れたのかしら。あたし、和くんだったら史緒さんあげてもよかったのにぃ」
 こぶしを握った蘭の力説に、カクン、と篤志はうなだれた。
「…おい」
「なんですかっ?」
 つっこみのつもりだったのに蘭は馬鹿正直に勢い良く訊き返してきた。
「……別にあの2人、付き合ってたとか言うわけじゃないんだろ?」
 うまい場繋ぎ言葉を選べなくて、篤志は自分でも馬鹿らしいと思う質問をした。
「そうなればステキなんですけど。どっちもそういうことに興味無いみたいだから」
 不満そうに、蘭は口を尖らせた。

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