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*  *  *

 朝にふと思い出したことは、なかなか忘れることができなかった。
 夜、自室のベッドの上に寝転んで、史緒はまた昔のことを考えていた。
〈おまえのことも嫌いだ〉
 今も耳に残る言葉。
 たったあれだけの台詞に不安になるなんて、私も子供だったということだろう。
 あの子───彼の精神がギリギリまで追いつめられていることは伝わっていた。膨れ上がるストレスに潰されそうになっていたことも知ってる。彼も私と同じ、「あの人」に追いつめられていた。
 彼は言わずにはいられなかったんだ。
 自分の苛立ちを言葉にせずにはいられなかった。肺に溜まるくすんだ酸素を吐かずにはいられなかった。感情を外にぶつけなければ、彼は立っていられなかったんだ。
 そんな息の仕方もあるのだと、ある意味感心した。
 自分にとっては、黒猫を抱くことがそうであったように。
(祥子にとって私はそういう対象に成り得たかしら?)
 と、考える。
 好きでも嫌いでもいい。執着する対象がいれば生きる意志が生まれる。それの為に生きられる。
 この1年、祥子が私に嫌悪感を抱いていたことは、彼女の何らかのバネになっているはずだ。
 …昔の私はネコがいたから、独りで立っていられた。誰にも弱音を吐かずにいられたんだ。
 ネコが死んだ後、色々あって実家を出るとき、篤志と司に一緒に来て欲しいと頭を下げた。あんな風に他人を頼るのは初めてだった。
 例えば篤志が、A.CO.を離れたいと言ったら、私は引き止めるだろうか。
 一緒にいて欲しいと、頭を下げるだろうか。
(興味深いわ)
 そのとき自分はどんな行動を取るのだろう。
 ───もしかしたら私は自惚れてるのかもしれない。
 篤志と司はここから離れていかないと、過信してるのかもしれない。
 今までたくさん無茶言ってきたけど、それでも、篤志と司の望む生活がここにあるんだと思ってた。あの2人が何を考え、どんな未来を目指してるかは知らない。でも彼らは自らの意志で、ここに居てくれてるのかと思ってた。
 三佳も。蘭や健太郎も。そして…。
 史緒は仰向けのまま目を閉じた。
(…)
 時々、自分の目的は何だったかと考える。
 忘れてない。いつもこの胸にあるのに。
 心配になるのは、この目的があまりにも些細なことだからだ。
〈私には史緒がなにしたいのかわかんない。どんなポリシー持って、何を目指してるのか。そういうの、話してくれる気もないんでしょ?〉
 先日、祥子に言われたことを思い出した。
 祥子じゃなくても、誰にも話したことはないの。これは。
〈あんたはいっつも、本気じゃないもの〉
 そして祥子は、背中を見せた。
 周りに見せないくらい、私は本気なのよ。
(…私は、ただ)
 もう何も───…。
 なにも。
「───っ」
 感情に任せて右手のこぶしで壁を叩く。…のを、直前で留まることができた。壁の向こうは三佳の部屋だ。
 でもそうするとこの苛立ちの捌け口が無くて、結局、史緒は乱暴に倒れ込んだ。
(子供なのよ! 私は)
 祥子を追いもせず、こんな風に考え込むなんて。
 目的なんて無いのも同じ。ただ子供のような我が侭を、馬鹿みたいに振り回しているだけ。子供のような我が侭に、全精神とプライドを掛けているだけだ。そしてそれにメンバー全員を巻き込んでいるだけだ。
 この手が傷つくのは構わない。諦める終わりは無い。手を伸ばし続けるだけ。───でも。
 …最近になって、気付いたことがある。
 力ずくでは手に入らないものが、ある。

 おまえのことも嫌いだ
 ───あの時。
 もしかしたら私は、…傷ついていたのかもしれない。
 今、初めて、その結論に至った。
 比喩じゃない。本当に痛いのに、そんな単純な痛みに気付かなかった。
 傷ついていた。
 じゃあ、今は…?
 祥子は離れてしまった。
 この胸は、痛いだろうか。

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