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「風呂で寝こけるなッ!」
 浴室効果も手伝って、私の怒鳴り声は壁に反響し、わんわんと響いた。
「…え? なにッ?」
 史緒は目が覚めた直後に溺れかけた。バシャバシャと冷めた湯を掻いて、どうにか湯船の縁に掴まる。史緒が風呂場に入って40分。おかしいと思い、様子を見に来たらこれだ。
「おーまーえーはーっ」
「三佳…? え? なに?」
 まだ覚めきってないのか、キョロキョロと辺りを見回す。
 私は本気で憤りを覚えた。史緒のこういう自分の体や健康に無頓着なところ、本当に腹が立つ。
 史緒はタオルで髪をあげていて、肩が冷めた湯と空気に触れていたので余計寒そうに見えた。ようやく状況を理解しかけた史緒がひとつくしゃみをした。
「早く出ろっ。風邪なんかひいたら承知しないからな!」
「…はーい」
 史緒はばつが悪そうに肩をすくめた。
 そのとき、史緒の首筋に、小さな丸い、黒いものがあるのに気付いた。
 それが火傷の痕だと気付くまで3秒必要だった。
「それ…」
 訊くつもりはなかった。それでも無意識に口走ってしまった。「ん?」史緒は聞き返してきたけど、すぐに私の視線に気付いたようで、
「ああ、ごめん。気持ち悪いもの見せて」
 と、右手で火傷を隠した。その様子は、傷を見られた嫌悪も気まずさも無く、まるで肩に落ちた髪の毛に気付いたようなさりげなさしかなかった。史緒の淡泊な反応も意外で、私は少しの間、史緒を凝視してしまった。
「ところで三佳。早く上がりたいんだけど」
 追い出されるように浴室と脱衣所を後にして、引き戸を閉める。そこでようやく風呂から上がる水音がして、史緒が脱衣所へ戻ったことがうかがえた。
「…煙草?」
 戸の廊下側から尋ねる。
「そう。もう10年くらい前。意外と消えないのね、こういうのって」
 史緒は苦笑さえ交えて答えた。髪を拭いているせいか、声がくぐもっていた。
「…火傷は皮膚が再生しにくいんだ」
「ふーん」
 史緒は感心したような声を返した。
 その火傷について、あまり気にしていないのだろうか。いつもは服と髪で隠しているくせに。
「それくらいなら簡単な手術で消せるんじゃないか?」
「昔もそう言われたんだけど。表に晒すところじゃないし、私も気にしてるわけじゃないし」
 それに、と付け加える。
「当時は消したくないって思ってたのよね」

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