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「煙草吸ってもいい?」
 A.CO.の近くにある公園に入ると、流花は大きく伸びをした。いい天気だ。伸びついでに流花は背骨を少し鳴らした。
 白い杖をつき、流花の後ろを歩いていた司は肩をすくめて頷いた。
「どうぞ」
 すると流花はブランコに腰を降ろし、無造作に足を組む。慣れた手付きで煙草を取り出し火を点けると、4秒かけて最初の一服を吐き出した。司は匂いを感じた。どうやら流花が常用している銘柄は昔から変わっていないらしい。
「史緒の前じゃ、吸えないからね」
 と、流花は苦笑する。
「相変わらず禁煙なんでしょ?」
「うん」
 キィとブランコが鳴った。
「阿達兄妹って大きな影響を周囲に与えてるのねー。生前の櫻は、司や蘭も含め特に史緒の畏怖の対象だったわけだし、死後も史緒を通して沢山の人に影響してる。結構キツいのよーあれだけ潔癖な嫌煙家の近くにいるのって。…でもそれでも、あなたたちは史緒の近くに集まるんだね」
 流花にしてみると、それはとても奇妙な現象に見える。史緒はとりたてて人格者なわけじゃないし、明確な目的を持ち仲間を引っ張っていくリーダーシップの持ち主でもない。
 蘭も含めて、何故史緒の周りには人が集まるのだろう。
(あーんな、我が侭小娘に右往左往なんて、私はごめんだけど)
 と、憎まれ口を叩いてみても、流花は別に史緒を嫌いなわけじゃない。
 史緒の幼い頃のことは蘭と同じくらいよく知っているし、同じくらい、その変化に驚いてるのだから。
「流花さんも、櫻のこと、よく知ってるんですね」
 流花はさらりとその名前を口にしたが、その名は史緒の前では禁句だ。その問いについて煙を吐いた流花はサバサバした口調で答える。
「知ってるわよー。昔はちょくちょく香港に来てたもの。初めて会ったとき、あいつは11歳、子供の頃からあの特異さは際立ってたわ。比較対象がいたから、なおさらね」
「比較対象?」
「…なんでもない」
 流花は遠い目をして言葉を濁した。
 ハンドバッグから携帯灰皿を取り出し煙草を揉み消した。その動作は話題を切り替えるためでもあった。
「いつまで史緒と一緒にいる気?」
 そう言うと流花は2本目の煙草に火を点ける。司は返答に少し迷い、曖昧な答えをした。
「とりあえず必要とされるうちは」
「そんな消極的じゃなくても生きられるように育てたつもりだけど」
「消極的じゃないつもりだよ。自分では」
 苦笑する。できれば話題を変えたいところだが、流花はさらに質問をぶつけてきた。
「アダチの近くにいたいの?」
「…」
「まだ許せないのね?」
「別に阿達は恨んでない。むしろ感謝してる」
「私が言ってるのはあなたのご両親のことよ」
 口調が重くなっていた司が完全に沈黙した。それくらい流花の質問は容赦の無いものだった。黙り込んだ司に、流花は厳しく言った。
「教えたでしょう? 答えたくないときは」
「沈黙するな。言葉で躱せ=v
「その通り」
 流花の声がやわらかくなったのを聞いて、司はほっと一息ついた。質問攻めは終わったという合図だ。
「返還の直後に実家に帰ったら、三佳ちゃんのことが噂になってたわ。蘭とか晋一兄さまとかね。あの司が隣に居させる女の子…それも史緒じゃなくて、小さな子供だって言うじゃない? びっくりしたわよ」
「変?」
「ていうか、意外。あなたの隣に立つのはあなたが信頼した杖しか無いと思ってたから。それが子供だっていうことに驚いたの。盲導犬さえ、最後まで信用できなくて拒否したあなたなのに」
「犬と一緒にしないでよ」司は苦笑した。「それに、ただの子供だったら僕だって一緒にいたりしない」
 そう言い切る司の横顔を盗み見て、流花は「ふーん」と冷やかしの眼差しを向けた。
「司もほんとに変わったねー。私と会った頃は文句ばっかりで生意気なクソガキだったけど」
「…それ、本当に会ったばかりの話じゃないか」
 昔の話はそれくらいにして欲しい、と司は言いたい。
「あのね」と、流花は声を改めて言った。「私が手掛けた患者の中で一番優秀だったのは日本の七瀬司よ」
 それを聞いて司も改まって静かな声で答える。
「光栄です」
「私はあなたに強くなることばかり教えたけど、たまには弱音も吐きなさい。史緒とか蘭とか、三佳ちゃんとかにね」

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